禁断と背徳の体験告白
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痴漢の人たちが語り合う掲示板|小論文・レポート[男性の告白]

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痴漢の人たちが語り合う掲示板

読了目安 2分12秒

[作品No 8] 2025/ 7/22(Tue)
「痴漢の人たちが語り合う掲示板」を見てみた。
電車内痴漢をはたらいている人たちのあいだでは「痴漢OK子」という用語があることが分かった。
これは「電車内で痴漢をされても抵抗せず、されるがままの女の子」という意味である。
「最近、すごくいいOK子に出会えたので通勤が楽しいです」等の浮かれた記述が多数見られた。

彼らの感覚では、「女の中には痴漢されるのをいやがる者と、いやがらない者がいる」ということになっているらしい。

つまり、「『女=痴漢をいやがるのが普通』という社会認識によって、『実は痴漢を待っている女の子』がそれを言い出せないことがある」という彼らが共用している前提が垣間見えた。

「むしろ、痴漢を待っているOK子を俺は探し出してあげてる」と言わんばかりの勢いのある書き込みしかなかった。

自分の性癖、社会的所在のなさ、罪悪感、そんなものを嘆いてるのは一人もいない。
「OK子が自分の通勤電車にいるかもしれない(ていうか絶対いるに決まっている)のに、その機会を頂戴しないなんて、男として損してる」という考えになっちゃっている。
「OK子が見つかるまで俺はあきらめない」と宣言してるヤツまでいた。

触ったりアクションを起こさなければOK子は探せない。
自分が10代の時、電車内で触られて怖ろしすぎた出来事、あれは彼らにとっては「君はOKかい? OKなら態度で教えてね☆」という“気軽な最初のご挨拶”だったんだ、と思うと脳がサーッと冷えていく。

彼らのやる気を煽るかのように、掲示板にはネカマだかほんとの女だかの投稿(「私は痴漢さんにいつも気持ちよくしてもらってます♪」)がいくつも書いてあった。
本当に気持ちよくなってる女もいるのかもしれないけど、それならそれで楽しんでもらっていいんですけど、電車の中でしないで欲しいし、その「触りたい男」と「触られたい女」の出会いのお手伝いを、なんで関係ない人が怖ろしい思いをして助けなきゃなんないのだろうか。
痴漢冤罪に怯える男たちが、こういった男性心理を想像せずに、怯えて電車に乗るしかない、という現状は本当に理解しがたい。

---END---
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