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今でこそ一回り以上年の離れた姉さん女房も珍しくは無かろうが、自分たち夫婦は古くにそれを先取りしていたので、それも交えてお話したい。
嫁は宝塚男役女優風のボーイッシュな顔立ちとショートヘアをした競泳選手だった。
そして自分の水泳のコーチだった。
お転婆で天真爛漫な性格。
元々隣家の幼なじみで、自分がオギャアと生まれた頃からのお付き合いだが、良く子守りもしてくれて、半袖の白いセーラー服を着た中学生の嫁が自分のオムツ交換がてら、チンポをつまんで引っ張ってる思い出の写真もある。
嫁曰くには初めて見たチンポらしく、小さくてあまりの可愛さに悪戯心で触ってしまったという。
わんぱくだった自分は、幼児期にはよくチンポを丸出しではしゃぎ回っていて、嫁もそれには呆れ果てていた。
そして、4歳の頃から当時女子大生だった嫁がバイトしていた水泳教室(大卒後に嫁は正式なコーチになった)に通い始め、ある日嫁に海水浴に連れて行ってもらい、ビーチでワンピース水着姿の嫁と一緒に全裸で映ってる写真もある。
この日、海の家のシャワー室で嫁にチンポの皮を剥かれて洗ってもらい、幼い自分はあまりの痛さに泣いたけど、「男の子でしょ!?このくらい我慢しなさいよ!」と叱咤されたのも覚えている。
今風に言えば「ムキムキ体操」で、この他には小学校の低学年まで水泳教室のシャワー室でもしばしば嫁に同じように皮をムキムキされながら洗ってもらった。
こうして嫁は自分が幼少の頃から自分のチンポにアプローチしていたが、親しく世話好きな為であり、さすがに幼い子供への性的な意図は無かった。
ところが、自分が中学生になるとそれは一変する。
自分のチンポのサイズは小学校の低学年までは他の男子よりは小さかったが、小学校の後半から大人の身体に急成長した自分は身長と共にチンポも一気に肥大化して、中学生になると亀頭も完璧に剥き出た露茎となってカリ部分もくっきりと形成され、二年生の時点では勃起すると22cm、太さは直径6cmの巨根になり、競泳用の極小のVパンを履くとそのモッコリぶりも浮き彫りになっていた。
一方で水泳で鍛えた嫁の精悍な肢体は、肩幅が広く筋肉質でガタイは良いものの、バキバキしてないしなやかさを兼ね備え、身長も177cmと日本人女性にしてはずば抜けて大柄な9頭身で、当時182cm(現在は186cm)だった自分に迫り威厳も十分。
そんな逆三角形の水泳体型の嫁に、自分はいつしか一人の女として憧憬の念を抱くようになった。
異性に奥手だった自分だが、中三の時、水泳教室のプールサイドで思い切ってその胸中を嫁に告白すると、最初はさすがに呆れて苦笑していたが、求愛し続けたところ、やがて「マセちゃってるのねぇ…。もう…。」と受け入れ、熱いキスをしてくれた。
ムラムラして勃起していた自分のチンポを見た嫁は「わぁ凄ーい!久々に見せて見せて!」と興奮しながら言ってきたので、自分はVパンを脱いで露出すると「うっそ〜!?こんなに大きくなっちゃって…。」とその大きさに驚き、いきり立つ巨根を物珍しげに凝視して軽く撫でた。
調子に乗った自分も嫁に裸を見せてと頼み込むと、小悪魔っぽい微笑みを妖しげに浮かべて「いっそのこと今夜、あたしで童貞卒業しない?」と信じられない答えが返ってきた。
それで「え!?ホントにー!?したいいたい!」と至福の喜びの自分は嫁のマンションの部屋に招待してもらい、筆下ろしをしてもらうことになった。
こうして禁断の関係に発展するが、自分も嫁も止まること無く一緒に生まれたままの姿になり、生で初めて見た大きな女の全裸。
既に30歳だったが、イキイキした肌質は20歳と言っても許される艶やかさだった。
胸は普段は競泳水着に圧縮されてさほど巨乳には見えなくても、脱ぐと上下左右対称の半球型で非常に張りがあってキリリと形の良いDカップのオッパイが現れ、その先端の濃いピンク色をした長くも短くもない円筒形の乳首とワッシャー状の乳輪もちょうど良いサイズでバランスが取れている。
嫁のバストサイズは、トップ93cm、アンダー76cmなんだが、ちょうど手のひらサイズでホントに揉み甲斐もある。
93cmのお尻も特別大きく見えないがハリはある。
縦長に形よく深々と密生するタテガミのような剛毛マンコは野性的で卑猥だ。
この陰毛は尻穴にまで広がっていて、質はバリバリに硬く、金属タワシのような粗い肌触りで光沢もあり、形はやや波状で長め。
肌に厚みがあるせいか、二の腕、太腿もボリュームがある。
ウエストは69cmで、腰のくびれはあまり目立たないものの、谷折り状の筋目が入ってくっきりと際立った鼠径部と、縦に楕円形で上下割れしたナッツを押し込んだような浅べそに近い出べそも溌剌としてセクシーだ。
全体的に肥満体でも細くもない、肉厚感のある長身で、欧米人女性スイマーの体型だ。
明らかに若手の女性コーチよりは引き締まった身体をしていて、そんな奇跡的な裸体に興奮する自分に「こんな年増の女でいいの?」と念押しし、悩ましげに誘惑する嫁に「うん!もちろんさ!」とスケベ心でヤル気満々の自分だが当然何もわからない。
「今夜は記念日になるわね!じゃ、おいで…。」と呼ばれてベッドの上で仰向けになると、嫁はチンポを手に取って頬擦りし「たくましくて惚れちゃうわ…。」と囁き、それから自分に覆い被さった。
嫁の教えに従い、先ずディープキスから始めて、オッパイにかぶり付くと交互に揉んでしゃぶってから嫁の全身をむらなく舐め回し、ヌメヌメしたクリトリスを指で攻めた。
嫁のマンコは上付きで、充血したクリトリスはやや細く、ちょっと包皮は剥けている。
十分に濡れた嫁は自分に騎乗し、「入れるよ…。」と断って、生での初挿入。
たわいなく入り、上手い具合にセッティングすると恍惚の表情で、「ハァッ…。」と掠れた微かなヨガリ声を上げたので、童貞とはいえ自分の特大チンポに感じてて、リードしながら自分の上で激しく躍動した。
自分のチンポは直ぐムズムズして、間一髪抜いた瞬間に射精。
ついに自分は童貞を捨て、嫁も祝福してくれた。
それからゼロ距離の正常位、次にオッパイを揉みながらの立ちバックを教わって、初体験は全部で三回戦に及んだ。
最後にはマナーということでお掃除のシックスナインをして、奉仕的で温もりに満ちたフェラをしてもらいながら嫁の毛深いマンコを舐めた。
マンコは海鮮のような生臭い匂いがして、最初は噎せそうになったけど、決して不快ではなく、何故だかむしろ発奮したな。
その夜に自分は初めて女を抱いたが、嫁は甘えるように自分に一心不乱にすがりついて懐に顔を埋め、もはやコーチと教え子の関係から男女の仲になっていた。
ちなみに嫁の初体験は19歳だが、男性経験は自分で七人目と、セックスの場数は十分だ。
これで自分に素質を見い出だした嫁は「裸の保健体育」と名づけて、準備体操の感覚で分かりやすくスポーティなセックスのレッスンをしてくれた。
今で言う、いわゆる「セクササイズ」だ。
いかにも水泳コーチらしい嫁の「保健体育」の実技は、挿入したまま嫁の「ワン・ツー!ワン・ツー!」の音頭と手拍子に併せて自分が腰を振るものだった。
時にはトレーニングマシンを使ったセックスもして、みるみる間に自分のスキルも上達して、中学のうちに嫁と対等なセックスが出来るようになり、嫁を初めてイカせてから、「免許皆伝」とお墨付き。
尚、嫁のは三段締めマンコで、まんべんなく自分のをホールドする事も、締め付けを自由自在にコントロールする事も実に申し分なく、自分の欲望を満たしてくれる魔性の名器だ。
Gスポは角度もちょうど良い位置にあり、ポルチオも特別深くないのでいずれも刺激しやすい。
また嫁も、どっしりした自分のチンポの太さと硬さ、先っぽの感触に刺激されるのと、睾丸が恥丘に当たるのには満足げだ。
自分のを「野獣みたいなおチンポ」とその暴れん坊ぶりを好評し、シャフトも真っ直ぐな矢印型のチンポが過不足なく膣内でフィットするのにもご満悦。
かくして、自信をつけた自分は次々と過激なセックスを展開した。
水泳教室で嫁が居残りの日、練習後に「ね、おチンポ出してあたしと遊ぼ!」と卑語を交じえながらの子供目線で誘われ、プールで一緒に全裸になって泳ぎ、すごく開放的で、プールの中で嫁のオッパイを背後からムギュッと鷲掴みにしてそのままディープキスをし、負けじと嫁は泳いでる自分のチンポを水中からむんずと握りしめてグイグイと引っ張って軽々と振り回して、体格にふさわしい腕っぷしの強さを見せつけ、それからプールサイドでイチャイチャながら、嫁を抱き上げてセックスをした。
秋には嫁のクルマで人里離れた山奥へ行って、カーセックスに挑戦し、ここでも全裸になって後部座席と運転席で結合して、狭かったけど密着性が高く、誰かに見つからないかとハラハラしながらも、スリリングにギシギシと車を揺らしながら楽しみ、この時は一気に大人への階段を上った気がした。
高校受験が迫った頃に、「女のオシッコするところが見たいな!」と嫁におねだりしたところ、進学校への合格を条件にOKしてくれて、無事に合格したその日、一緒に風呂場で全裸になって自分とオシッコの飛距離を競い、嫁は臆せずに立ちションを披露してくれて激烈に興奮し、非常に勢い良く飛ぶオシッコで嫁が勝ち、罰ゲームでオシッコまみれの剛毛マンコをクンニした後、勢いでこの日は7回もセックスしてしまった。
自分たちのセックスは必ず全裸でするのが鉄則だ。
色々とやってるうちに、ずっと年上の嫁がずっと年下の自分にありのままの姿で、そして大人の低い声で「ああ…。セックスの優等生のおチンポ、気持ちいい…。」、「アア〜ッ!もういっぱしの床上手ね!」、などと喘ぎ声を上げて欲情する振る舞いに自分は年甲斐もない究極のはしたなさを感じて病みついた。
それがインプットされた自分の性欲を受け止めてくれた嫁は「理想のおチンポ」と陶酔し、「あんなに小さくて可愛いおチンポだったけど、大きくて頼もしい一人前のおチンポに育ったね。」とそのギャップに感嘆しながら「バネが効いてて新鮮な活きの良さは今も昔も変わらないわ。」とえげつなくべた褒めしてくれた。
性器のマッチングは最高に良く、スタミナも精力の均衡も取れてたため、30歳の大人の女性と中学生の少年の年齢差をものともせず、身体の相性も抜群だった。
そうした原動力で、自分が中学卒業後も嫁と秘密の交際を続け、なお一層セックスに磨きを掛けた。
自分が大学入学直後には初のラブホに入って、全裸でウォータースライダー付きのプールで童心に帰ったように遊んだり、山あいの渓谷や人目に付かない海辺とかでこれも全裸になって初の青姦にも挑戦したりした。
やがて、自分が大学三年の正月休み明けに、36歳になっていた嫁は「できるおチンポと結婚したいの!」、「好きなだけセックスさせてあげるから!」と淫語交じりに求婚してきた。
驚愕しながらも、嫁の痴女めいたそのアプローチに二、三度でOKして、同棲も始めてセックスも加熱し、やがて翌年自分は大学を卒業して、就職直後に入籍し挙式。
この間、ナチュラリスト気質の嫁とはしばしば休日に自宅で一日中裸で過ごしたりもした。
まだ社会の右も左もわからないのに、嫁のマンコの虜になった為に結ばれ、結婚後は待ったなしで猿みたいに子作りのセックスに没頭した。
自分たちのセックスの体位はほとんど対面なんだが、嫁はスクワット感覚の騎乗位が最高に好きで、これは初体験時から定着しており、自分は密着正常位と、立位なら駅弁スタイルも得意だ。
相変わらず青臭くて甘えるような底無しの性欲の自分を嫁は「童貞の心を忘れないチンポ」なんてからかっていたが、それこそ自分の魅力、自分らしさだと励ましてくれて、23歳になった自分は、38歳になった嫁とあの日の初体験を思い出して貪るように身体を求め合い、嫁に子種を次々と注入した。
この頃はセックスには卑語を呼称していた。
嫁「おチンポ〜!おチンポ〜!あたしが可愛がってきたわんぱくなおチンポ〜!」
自分「マンコ〜!マンコ〜!鍛えられたマンコ〜!ずっと惚れてきたお転婆なマンコ〜!」
嫁「子宮を突いて突いて突き捲って〜!天下の亀頭がもっと欲しいの〜!」
自分「締めて締めて締めてくれ〜!オレのエキスを絞り出してくれ〜!」
嫁「やんちゃなぶっといおチンポがあたしの中で暴れてるわ〜!いけない子ね〜!」
自分「オーッ!オレたちのタワシ(陰毛のこと)が擦り合ってるぜ〜!スキモノの赤貝がどろどろのヨダレを垂らしちゃってさ〜!」
嫁「どんどん出してあたしのお腹を膨らませて〜!」
自分「おうっ!オレのチンポで孕んでくれー!」
例えばこんな感じだが、あくまでも卑語は持続力を高めるオプションだ。
嫁のセックスは一言で言えばストレート。
水泳選手だったせいかひた向きに、そしてコーチとしての主張を含んでいるために、その点はやや嫁がリードしている。
対する自分のセックスは嫁が言うにはワイルドらしい。
手当たり次第にモノするハングリー精神があると言っており、もちろんパワーじゃ自分の方が遥かに上回っている。
競泳で渾身の力泳をするように日々裸で汗と淫臭にまみれて絡み合い、翌年明けに嫁は妊娠が判明。
時に1990年代、その頃だとかなりの高齢出産になるため、周りからは流産だの奇形児が生まれるだの不安の声も少々あったが、嫁が39歳になって間も無い夏、自然分娩で元気な男児を出産した。
見事なアラフォーでの初産に産婦人科医は「奥さんは子宮も卵巣も出産適齢期の20代並みに元気ですよ!」と絶賛した。
きっと嫁には若々しいルックスに見合った安産が出来るだろうと心から信じていた。
嫁は「あたしの育てたおチンポで産めたから嬉しくてたまらないの!」と、自分も「オレを教えたマンコで産んでもらってとっても嬉しいさ!」とこれも卑語交りに喜びを分かち合った。
自分のわがままを活かした性教育に始まり、率先して開拓してくれた嫁にはこの時に最高の感謝ぬ気持ちを抱いた。
奔放な嫁は「結婚は人生の最終ゴール」と考える事を凄く嫌っており、結婚後も育児をしながら水泳コーチの仕事を続け、ご老人を指導したり、時折、高校の水泳部にボランティアで指導に行くこともあってバイタリティ抜群である。
そんな嫁は、息子が生まれてからも若い肉体を維持し続け、自分たちの性欲は減退する事もなく、引き続き熱いセックスを繰り返した。
結婚後で思い出に残るものとしては、自分31歳、嫁46歳の時に、嫁のマスターズ水泳大会の夜だったな、帰宅後も疲れを見せず、手押し車の体勢で嫁はプッシュアップしながら、それに呼応するように自分は軽く上体を反り返すように腰を大きく動かすという趣向を凝らしたセックスをした。
自分38歳、嫁53歳の時には、息子が部活の合宿に行っている間に、嫁の水泳仲間で同級生だったSさん夫婦と全裸の乱交パーティをやって、飲んだくれた後、夫婦同士のセックスシーンを見せ合って、自分たちはそのタフさをアピールした後に、夫婦交換セックスでSさんの熟女の身体を堪能したが嫁の足元にも及ばず、一方でSさんの1つ年上の旦那も嫁には全くかなわずに軽くあしらわれる展開になった。
自分が43歳、嫁が58歳の時、この年に、息子が就職して親元を離れたので水入らずのセックスができるようになり、自分は嫁に極小のマイクロビキニをプレゼントしてあげて、リゾートホテルのプールで着てもらったら、この歳ながらにしてエロさ満点だった。
そのビキニのデザインはブラがフロントホックの付いた紐なしのニップレスみたいにオッパイに貼り付けるシリコンパットタイプで、下は遠目に見ると前貼りしか着けていないようなお尻丸見えのふんどし状の紐ビキニパンツ。
最終的には良い歳してお互いの水着を引っ剥がしてスッポンポンになってじゃれ合った。
リゾートプールでの絡み合いは今のところ自分50歳、嫁65歳で終わっていて、後は自宅でのセックスに励んでいる。
いかにして嫁が自分のチンポの虜になっていたのが本気だったのかも確かだ。
嫁は去年古希を迎えたが、特に手を加えなくても自然にアンチエイジングができていて、さすがに20〜30代とまではいかないが、二回りは若い顔立ちと脂の乗った肌、そしてプロポーションを維持していて、まだまだセックスできる美熟女の身体なのも驚異だ。
水泳の他に、ランニングやウォーキング、筋トレも欠かさず、自然食を愛し、食生活も事細かに持続してきた成果だ。
肌は艶がほとんど失せても、まだハリはあってシミは一切なく、目のまわりにちょっと小じわがあるくらい。
白髪は若干出てきているが染めており、またハゲも無く、下の毛はまだまだ黒くて、厭らしくボーボーと生やしてる。
オッパイは乳首がだいぶ茶ばんでいるが、まだツンとしていて、乳房は萎びていないどころか十分に弾力性を保っている中年女性並みの現状だ。
マンコの締まりの良さは健在で、ビラビラは元々控え目だが、あれほどヤりまくっているのに、まだ目立ったへたりは見受けられない。
クール美人な嫁の顔年齢の変遷は以下の通り。
10代…20代前半(中学時代の写真を見ると、全体的に妙に大人びていた。)
20代…ほぼ年相応(20代前半のまま)。
30代…20代(初体験時は前半、結婚時は後半に見えた)。
20代の肉体年齢が長かった。
40代…30代前半。
50代…30代後半。
出産後ようやくちょっと加齢したような気がする。
60代…40代前半。
現在(70代)…40代後半。
絢爛熟女として素敵に歳を重ねている。
おおざっぱにこんな感じだ。
そういう自分も現在50代後半にして童顔なせいか、若作りしなくても40代と間違われる事がしばしばなので、嫁と一緒に歩いても違和感なく見られる。
以上が四十年以上にわたる性愛の遍歴だが、こうして若さを忘れない自分たち夫婦のスローガンは「生涯日々是セックス」なのだ。
今日も白昼堂々、熟年セックスをした。