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腫れた唇について人に聞かれたが、秋田と激しくじゃれ合ってたらこうなった、と言ったら皆笑った。
俺達はしょっちゅう二人で悪ふざけをしていたから、皆は妙に納得していた。
授業が終わり、美樹の部活が終わるのを待つつもりで図書室に向かう。が、その途中。
「…尚くん!」美樹に後ろから声を掛けられた。
「あれ? 美樹ー。部活行かないの?」
「ちょ、ちょっと来て?」そう言って俺の手を引く。何が何だかわからないが従った。
そう言って、俺達は校舎の人気のない教室に入る。
「で、美樹、部活は…?」
「休んだの。具合悪いからって。それよりも…。…ああ! 本当に怪我してる!?」
「え? ちょ、おい…」美樹は俺の顔を覗き込んで泣きそうな顔で叫んだ。
「ケンカしたのね? そうなのね? 私の事で…」
「秋田…か?」他に知る物はいない。
「……うん、さっき聞いた…」
「あのバカ本当に…」
「バカじゃないよ!」
「え?」
「何でケンカなんかするの? 何で私に言わないの?
私、尚くんが知らない所で傷ついてるのなんていや…!」目が潤んでいる。…いけない。
「やや、ちょ、ちょっと待って。どこまで聞いたのさ? 秋田から」
「…尚くんが、…私の事を馬鹿にされて、侮辱されて、それで怒ってケンカになったって…」
「それだけ? そこまで?」
「うん…。 っ! まだ、あるのね!?」
「あ…いや…」しまった。彼女は鋭い。というか、俺が迂闊だった。
美樹は教室に並べてある机の椅子に座った。…言うしかないか。強い意志が大きな瞳に宿っている。
「実は…」俺は話し始めた。
「…そう、そんな事…言ったんだ…。私が、荒川…君に…」
「そんな話聞いたらもう、キレるしかないって。普通の男なら」自己弁護。
「…でも…怪我…しちゃって…」
「でも、お陰であいつを黙らせる事は出来たし、今後は二度と俺達に近づかないよ。きっと。
それはいい事じゃないか。俺達にとっては」
「…うーん…。そう、かなぁ…?」
「大体、美樹だって腹立たないの? そんなデマを俺に言われてさ。
美樹の事だって侮辱してるんだよ? あいつは」
「…ま、まぁ…言われてみれば…嫌だな…。…凄く」
「だろ? 罰せられて当然。悪い人にはお仕置きしなきゃいけないのですよ。この世の中は」
「……」黙る美樹。
「どうしたの?」
「あのね? 荒川…君でしょ? その人って…」
「そうだよ? 知ってるの?」
「うん。あの…私がこの学校に来て、最初に告白してきた人。去年に」
「ええ!? あ、あいつが?」
「……う、うん…」小さく頷く美樹。
「あの、「とりあえず付き合ってみればいいじゃん」って言った奴?
それで、断られてから三日くらいで別の女と付き合ってたっていう!?」
「そ、そう…」
「……凄い偶然…。いや、待て。…偶然じゃないか…」
「? どうして?」
「あいつはまだ美樹の事を好き…というか、あいつの好きなんて大した気持ちじゃないだろうけど、今でも忘れてないんだよ。それと、俺を妬んでるのさ。もしかしたら、悔しいのかもしれない。
モテるはずの自分が振られたのに、俺みたいな奴が美樹と付き合ってるから。
多分、未練と嫉妬の両方だな。それで、俺にちょっかいを出してきた。ってとこだろう」
「そう…かな?」
「ああ、バカの考えそうな事だ。そんな嘘付いたってすぐにバレるのに。まったく。
信じるとでも思ったのかね。俺が打ちのめされるとでも思ったのかね」
「……本当に?」
「当たり前だろ!? …まさかと思うが、事実って事は…」
「あ、あるわけないじゃない! 違うもん…! だ、誰にも触らせて…ない…って、も、もう…な、なんでこんな事…を」
「あ、いや、美樹が「本当に?」とか、言うからさ…」
「あ、ご、ごめん…」差し込む夕日のせいだけではなく、赤くなる俺達。
「……」
「……」何となく気恥ずかしくて、沈黙。
「…でも、ある意味、荒川も必要な存在だったか…」
「え? どうして?」
「だって、あいつのお陰…ってのも変だけど、そのせいで美樹は告白を断るようになった。
真面目な奴から真剣に告白されても断るくらい頑なに。
もし、荒川がいなかったら、美樹は好みの人の告白を受け入れていたかもしれない。
でも、荒川のせいで、俺と付き合うまでに誰も受け入れなかったからこそ、今の俺達がある…のかも…」
「あ…」
「なんか、凄いね…。人って…」俺は感慨深げに呟く。
「うん。…なんだか、不思議な感じ。縁って…」
「まぁ、俺達にとっては全ての縁が良い方向に作用されたって事だよ。
俺達はきっと、結ばれるべくして結ばれた、運命の二人ってやつだ。運命の恋なんだよ」
最後は冗談ぽくおどけたつもりだったが、美樹は照れも、笑いもしなかった。
外したかな? 俺は美樹の顔を見た。
「……運…命…」何だか難しい顔をして考え込んでいる。
「み、美樹?」俺は美樹の肩を軽く揺らす。
「…うん。運命…。そうよ! うん、運命だったの! 私達は…!」
「……み、き?」美樹は興奮気味に言う。ヒートしている。
「…そう。そうよ、私がこの学校に来たのも、荒川君に告白されたのも、
彼がいい加減な人だったのも、その後の告白を全部断ったのも、
尚くんが体操部を覗いていたのを私が見つけたのも、それを私が逃がしたのも、
その後友達になって交換日記をして告白されたけど、
断っちゃってでもマラソン大会で頑張って倒れちゃったけど、
もう一度告白してもらって付き合う事になって、
今日尚くんがケンカしちゃったけどそれがあの荒川君だった…。
その荒川君のせいで、私達は付き合えたとも言える…」
「…うん。凄い! こんな偶然ないもの…! 奇跡よ! きっと私達は決まってたの!
出会う事と、好きになる事と、付き合う事が! ねぇ、そう思うでしょ? 尚くん!」
「……へ?」立ち上がって熱弁を振るう彼女の迫力に圧倒されるばかりで。
「思うでしょ!?」間近に迫った美樹の上気した顔。
「は、はい…」とりあえず勢いに飲まれ頷いておく。
「やっぱり、運命の人だった…!」そう言って美樹は笑顔で俺に抱きついた。
「ちょ、おい…」戸惑ったが、悪い気はしかなった。柔らかい身体の感触と、いい匂いがした。
「…あ」
「? どうしたの?」美樹は俺を見詰めて尋ねる。
「いや…荒川の言ってた事、一個だけ当たってた…」
「なに?」
「…あいつ、美樹の胸は…大きいって…」
「……」美樹の頬に朱が差す。俯いてしまう。
「あ、ご、ごめ…」俺は慌てて謝ろうとした。けれど。
「…胸…やっぱり大きいかなぁ…?」美樹はそう言って自分の胸に手を当てる。
「え……」
「…やっぱり荒川君も大きいと思ったんだ。…尚くん…も」
「あ…いや…その…」
「体操部でも、大きいって…。クラスの女の子にも大きいって…、羨ましがられた…」
「あー、そ、そうなのか…」
「普段は邪魔…なんだけどな…。肩も凝るし、体操してる時も邪魔だし…。
胸が動かないようにきつくするのも苦しい…のに…」
「あ、ごめん。そんなつもりじゃ…」
「…ううん。いいの。身体の事は仕方ないもの。望んでこうなったわけでもないし。
でもね? みんな、特に女の子は羨ましいって言うの。大きい方が男の子に喜ばれるって…。
それで…尚くんも、…胸が大きい子の方がいい?」
そもそも、俺達はなんでこんな会話をしているんだろう。俺は話の展開に取り残され気味だった。
「……え、あ、いや、俺は…」
「正直に言って? お願い。嘘付かないで…」哀願するように美樹。裏切れるはずもなかったから、「お、大きい方が…好きだ…」ありのままを答えた。
「…ほ、本当に…?」美樹は少し嬉しそうに。
「ああ、本当だ。大きい方が…好みだ。それが全てって訳じゃないけど…」
「そうなんだ…良かった…。胸の大きい子が嫌いだったらどうしようかと思った…」
「そんな事で嫌いになったりしないよ」俺は宥める様に笑って言う。ちょっと調子に乗り始めた。
「でさ、美樹はバスト何cmなの?」
「え…ええ? い、言えないよ、そんな事…」
「美樹のことは何でも知りたいんだよ。それに、隠し事はなしなんだろう?」
「で、で、でも…」オロオロしている。もう一押しかもしれない。
「嘘付かないでね? こんな事は美樹にしか聞かないし、聞けない。…で、何cmなの?」
完全なセクハラだったけれど、知りたいという知的性的探究心には勝てなかった。
「はちじゅう…な…な…せん…ち…」蚊の鳴くような声とはこういう声の事なのだろうか。
「87cmか。カップは?」
「ええ? カ、カップも…?」
「正直に。数字なんかよりも、カップ数の方が遙かに大事なんだ」何故か俺は必死だった。
「ひ、尚くんがエッチになってるぅ……」少し怯えている。俺の目は血走っていたかもしれない。
「教えてくれたらこの話はもうしないから。…さあ」
「…うぅ…。…ぃ…かっぷ…」
「え? ディー?」
「Eカップ!」堪え切れないように言い切った。
「Eか…。凄いな…。あ、もしかして、まだ成長中とか?」
「え? な、何で解かるの?」
「やっぱり。いや、高校生くらいの間は女の子の身体も成長するからね。当然胸も。
それでもしや、と思ったのさ。そうかぁ〜、成長中かぁ…。将来性も充分だな…。今でも充分大きいけど。
もしかしたらFに届くかもしれない。…でもFまで行くと大きすぎて形が崩れるか…?
…大きさと美しさのバランスから考えると、現状がベストかな…」一人、理想の胸について語る。
「…な、なんでそんなに詳しいの…?」美樹が恥ずかしそうに聞く。
「今まで黙っていたが…女性の胸には結構熱い男なんだ。俺は」言い切ってしまうともう恥ずかしくなった。
「し、知らなかった…」
「まぁ、あんまりおおっぴらに言う事じゃないしね。言い訳っぽいけど、大体、男は胸が好きなんだよ」
「じゃあ、私の胸も?」
「ああ、俺は…好きだ。美樹の大きい胸が。大きくてよかった。小さくなくて」
先程までの羞恥はどこかに置いて来てしまった俺だった。
「えへへ…。ちょっと嬉しい…かも…。
でも尚くん、そんなに沢山女の子の胸を触ってたの?」
「ば、ばか言うんじゃないよ。ないよ、触った事なんて」慌てて答える。
「ホント? だって、すごく熱っぽく語ってたから。胸の事」
「いや、それは理想というか希望と言うか。現実はさっぱりだよ。
それに、知ってるじゃないか美樹は。俺が誰とも付き合った事がないのを。そんなモテないって」
「あ、そうか…」とりあえずは納得してもらえたようだ。俺は自分を諌めた。
若さに任せ、調子に乗ってしまった。幻滅されていないか心配だった。
「へ、変な話になっちゃったね…」俺は取り繕うように言う。
「今日は尚くんの色んな新しい事が知れて良かった。…思ってたよりもエッチだったし」
悪戯っぽく、はにかむ美樹。
「そ、それは…もういいって…」頭を掻いて照れ隠しをする。
「…でも、もうケンカなんてしないでね?」
「うん。ごめん、もうしない。約束するよ」
「でも、ちょっと嬉しかったかな…? こんな事言っちゃダメだけど。
初めて本気で怒って、初めてケンカをしちゃったんでしょ?」
「…うん…」
「そんなに、怒ってくれるんだね。そんなに…大事に想ってくれるんだね。私の事。
ちょっと…嬉しい」声は徐々に小さくなるが、ちゃんと聞こえた。最後まで。
「美樹…」
気付けば俺達は身を寄せ合っていた。どちらからともなく。
誰にも邪魔させない。何者も遮る事は出来ない。
俺達は絶対に離れる事はない。美樹を抱きしめながら、俺は強く心の中で誓った。
---完---