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「…今度は何だ。リズム感のないラッパーよ」
「いやいや、まだストリートデビュー前だからしょうがない。
そ・れ・よ・り・も!」猫撫で声で近づいてくる。
「…気持ち悪さは極めてるんだけどだな」
「えへへぇ…。君に話しあるんだけどな〜?」
「わかったわかった。こっちへ来い」放課後、俺は秋田と教室を出た。
「で? どうなの?」
「…何が?」
「言わせる気? 女に恥をかかせるの? 酷い!」
「何だそのテンション」
「ああもう、じれったい! 吐け! このコソ泥がぁ! お前が盗ったんだろうが!」
「何も盗ってねえよ…」
「いーや、盗ったね。盗んだね。それは何かって? 彼女のハートをさ!」
「じゃ、また明日な」
「おう、また明日。…って、待てルパ〜ン!」
「なんだよ、もう。うるせえなぁ…」辟易としながらも毎度のやり取りに俺は笑った。
「はぁはぁ、ち、ちょっと待てよ。俺一人で騒いでバカみたいじゃないか…」
「何を今更」
「いや、だから。頼むよ、教えてくれよ〜。ひー君ってば〜」俺にすがりつく秋田。
「袖を掴むんじゃない。お前はダイヤモンドに目が眩んだ女か。あとひー君はやめろ」
「で? で? で?」
「…お陰様で。上手く行った」
「…マジで?」秋田の細い目が見開かれる。
「超大マジ」
「か、片瀬と? あの片瀬と?」あの、の部分を強調する彼。
「他に誰がいる」
「……いつからよ?」
「…昨日…だな。お前が病院から帰った後」
「あああ、俺が帰った後に〜!? お、お前らは? ふ、不潔!! イヤ! 恥ずかしい!」
「…何を妄想してるか知らんが、大した事は起きてないぞ?」
「そうなのか? 告白だけか?」
「ノーコメント」
「ままま、まさか…」
「うるさい。大それた事は起きてないと言っただろう。…察しろ」
「はぁ〜〜〜。…お前も遂に彼女持ちかぁ…」
「何言ってんだ。お前だって彼女いたじゃんか、ちょっと前までは」
「まぁな、でもそうかぁ…。片瀬かぁ…いいなぁ…」
「そうなのか?」
「当たり前だ。片瀬だぞ? 片瀬を羨む女はまずいないだろうが、お前を羨む男は腐るほどいる」
「…悔しいが言い返せない…」
「うちのマドンナも手が付いたか…」
「嫌そうだな。お前も好きだったのか?」
「いやいや、とんでもない。恐れ多いよ。憧れてはいたけどね。
そんな大それた事が出来るお前は凄い。ていうか、お前絶対解かってない。片瀬の人気」
「そんな事はないって」
「いや、まぁ、多少は知ってるだろうけどさ。多分ビビると思うよ。
嫌がらせとかはないだろうけど、知ったらがっくりする奴もかなりいるんじゃないかなぁ?」
「………」
「あーいや、違う。脅かすつもりはない。けど、知っといた方がいいよ。
実は、体操部覗き禁止令が出来たのも片瀬のため」
「そうなのか?」
「ああ、あいつが来るまでは覗きなんて殆どなかった。
それが、禁止されるくらいにまで増えたんだよ。つまり、片瀬に告白できなくても、見たいとか思ってる奴がわんさかいるってわけ。
告白とか、手紙渡す奴なんて氷山の一角。その下には思いも伝えられない奴が沢山いる。
まぁ、そういう人と、君は付き合う事になったわけだ。気を引き締めないとな」
「…だからどうした」
「へ?」
「確かに俺の思ってたよりも人気はあるみたいだな。でも、そんなの関係ない。
あいつが好きなのは俺だけだ。あいつと付き合ってるのは俺だ。俺だけだ。
俺達の間に、誰の割り込む余地もない」何故か熱くなった。
「おお…。ど、どうしたんだお前…?」
「ああ、いや、ちょっと」
「…ふうん…」
「? 何?」
「いや、良かった。安心した。それだけ言い切れるなら、大事に想ってるなら大丈夫だよ。
いやぁ、お前なんかかっこ良かったぞ」
「よせって…」俺は照れて頭を掻いた。秋田に熱くなっても仕方ない。
「ま、しっかりな。応援してるよ。って、もう帰るのか?」
「いや、彼女が部活終わるの待つ。図書室でも行こうかと」
「俺も行くよ。ヒマだし」
「騒ぐなよ?」
俺達は夕日に染まる校舎を並んで歩いた。秋田はしきりに、「いいなぁ…。…いいなぁ…」などと言っていた。
「あ、おーい!」体育館から出てきた美樹が俺に気付いた。大きく手を振る。嬉しそうに。
俺は座っていた花壇から離れ、彼女に近づく。空にはまだ夕焼けが残っていた。
「お疲れ」
「ありがとう、図書室にいたの?」
「ああ、いい時間潰しになるよ。今さっき出てきたところ」
「ふふっ、本沢山あるもんね。…じゃあ、かえろっか?」
そう言って彼女は俺の腕に自分の腕を絡ませる。
「うん。…しかし、若干の問題が発生している」
「え?」
「そこだ」そう言って俺は花壇の暗がりに指を差す。学生鞄がはみ出している。
誰かが花壇の向こう側にしゃがんで隠れている。
「いやぁ…どうも…えへへ」
「あ、秋田君?」美樹は慌てて俺から腕を離す。
「…帰れって言ったんだけど…」俺は美樹に済まなさそうに言う。
「あ…」
「あ、いや、片瀬ごめんな。どうしても、気になってさ。友の恋路が」
「嘘付け。この芸能リポーターが」
「酷い! 何もそこまで言わなくても…ちょっとした好奇心と野暮じゃない!」
「野暮だと自覚してるあたりにタチの悪さがある」俺は溜息を付いた。
「いやあ、でもいいねー。青春だねー」秋田は嬉しそうに言う。
「行こう、美樹」
「え? いいの? ほっといても…」
「構わないよ。それに…多分、ほっといてもついて来る」俺は美樹を促し、歩き始めた。
「待ってー。置いてかないで〜」予想通り、彼は憑いて来た。
「で、で、で? どっちから告白したの?」リポーターの拷問のような尋問が続く。
「えーと…」
「美樹、答えなくていい。相手はハイエナだ」
「うわー、美樹だって! もう名前で呼び合ってるんだ! 早やー!
え? じゃあ、何? 片瀬も名前で呼んでるの?」
「え? う、うん…」
「だから答えなくっていいって…」
「なんだよ〜、俺は片瀬に聞いてるんだから邪魔すんなっての!
って、今日はちょっと離れて歩いてるけど、やっぱ普段は手とかつないじゃうんだ?
そういや、さっきも腕組んでたしね」
「あ、あれは…」
「いつもはああなの?」
「いつもって言っても、今朝からだけど…」律儀に照れながらも答える美樹。
「…誰のせいで、わざわざ離れて歩いてると思ってんだ!」
俺は遂に秋田の尻を蹴っ飛ばした。加減はしたが。
「痛い! 片瀬見た? この暴力男を。普段は大人しいけど本性はこれよ?」
「ふふふっ…」
「ちょ、笑ってる場合じゃないって…」秋田は言う。
「…仲良いんだね、二人って」
「……」
「……」男達の沈黙。
「ふざけて、笑って、じゃれ合って、楽しそう。ふふっ、仲良しの男の子達を見るのっていいね」
「……」
「……」男達の羞恥。
秋田と見詰め合う。二人とも、気まずい視線が泳いでいる。
「わははは」
「あはははは」
何故か俺達は笑った。多分照れ隠しだろう。美樹の指摘があまりにストレートだったから。
「?」美樹だけが取り残されている。
「まったくあのバカは…」ファーストフードの店で俺は毒づく。
「ふふっ、でも面白かったよ。楽しいね、秋田君って」
「まぁ、芸人みたいなもんだから。それを取ったら何も残らないからね」
「ひどーい。あはは。でも、いい友達持ってるんだね。尚くんは」
「…まぁ、否定は出来ないかな、残念ながら。…いい奴ではあるね、認めたくはないが」
「またまた、強がっちゃって」
「……世話にもなったからね。美樹との事でも」
「そうなの?」
「ああ、相談に乗ってもらった。色々と。全部は話してないけど」
「へぇ。キューピッドなんじゃない? 私達の」
「かもね、見た目はゴリラみたいだけど」
「もう! あ、でも似てるかも。ふふふっ」
邪魔者のいなくなった店内で、俺達は話に花を咲かせた。
「じゃあ、また明日」美樹が言う。
「うん。あ、じゃあ、あの分かれ道に明日」
「あ、明日も一緒に学校行くの?」
「だめかな…?」
「ううん、嬉しい」
「…良かった」俺達は微笑んだ。
そろそろお別れかと思ったが、美樹は帰ろうとしない。
周囲をキョロキョロ見詰めている。誰か探しているのだろうか。しかし、近くには誰もいない。
「え?」
美樹は突然俺の目の前まで来て、
―――口付けた。唇に。やや慌てたが、俺は静かに目を閉じ彼女の華奢な背中を抱いた。
「……好き」小さな声で、でも真剣な声で彼女は言った。
「うん…」俺は美樹の優しく身体を包み答える。
美樹を抱きしめたまま空を見上げる。今夜は残念ながら、星も月も見えなかった。
それでも、俺は満足だった。夜空に輝きがなくても寂しくない。
今はもう、ふたつも光を持っていたから。
朝も昼も夜も消える事のない輝きを、心と腕の中に抱いていたから。
---続く---