禁断と背徳の体験告白
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2度目の告白[第8話]|純愛・青春・幼少期

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2度目の告白[第8話]

読了目安 12分49秒

[作品No 8] 2025/12/ 2(Tue)
やがて渇いた号砲。俺達は走り出した。
まずは飛び出さず、様子を見る。無理に先頭集団に合わせる事はない。
俺は例年の10位以内の人間のタイムを事前に調べ、大体把握していた。
全くその通りには行かないだろうが、かといって大きな差があるわけでもない。
人よりもタイム。それを気にして走れ。自分に言い聞かせた。

2km地点、調子は悪くなかった。
体調は優れなかったが特訓の成果だろうか、秋田が茶化す愛とやらの力か。俺は快調なペースだった。
現在は30位前後だろうか、まだ、上位は先にいたが慌てなかった。
今は速くても、どうせ脱落してくる人間がいる。女子のレースでもそうだった。

4km地点、折り返し。流石に疲れてくる。が、まだ特別ペースは落ちていない。
俺は腕時計で確認していた。案の定、勢いに任せて前半飛ばした人達が苦しそうに立ち止まったりしていた。
俺はそんな彼らを追い抜いていった。
今は多分、20位前後。最後の1kmまで、どれだけ縮められるか。俺は自分を引き締めた。

5km地点、足が重い。まだ後3kmもあるというのに。しかし、なんとか頑張ってはいる。
先頭を行くランナーは、まだ肉眼で確認できる。そこから数えて、数え方が間違っていなければ16位か。
しかし、俺も少し失速していた。
俺が追い上げているというより、上位が俺以上に失速し始めているという状況だった。

6km地点、上位に変動はない。
…苦しい。練習でも8kmは走っていたが、こんなには苦しくなかった。
やはりこれが本番の厳しさ、人と競う事の難しさなのか。

―――熱い。身体は汗でぐっしょりだった。バケツの水を頭からかぶったかのようだ。
秋とは言え、まだ初秋。残暑の季節の午後の日差しは強く、午前中よりも気温が上がっている。
ジョギングコースの反対側から、向かって歩いている生徒達の姿が見える。談笑しながら笑っている。

――くそ。ヘラヘラしやがって。こっちはこんなに辛い思いして走ってるのに。
八つ当たり。去年の俺も同じだったのに。

「お? 西野か! 頑張れー!」向こうから来る秋田だった。
彼も他の友達とふざけていたが俺を見ると励ました。少なくともその応援は真剣だった。
俺は小さくうなずく。…そうだ。人は人、俺は俺だ。秋田が歩いていても、俺が怒る道理はない。
秋田だって俺みたいな理由があれば真面目に走っていたかもしれない。
俺は他の事に気をとられるのを止め、集中を心がけた。

やがて、10位から15位の俺までの間に変化がおきた。1位から5、6位くらいまでは陸上部をはじめ、
各運動部のエース級の選手達。それには到底適わないし、彼らのタイムやペースも大きく崩れる事はないだろう。
所詮、俺のような付け焼刃とは基礎体力が違う。それは解かっていた。しかも彼らはトップを目指し走っている。
必然、競争も厳しく、勝利への執着心も高い。

しかし、それ以降の10位前後となると話は変わってくる。
彼等も優れた体力を持っているだろうが、トップの選手達には適わない。それは理解している。
しかし、理解しているからこそ、トップを望めない事をわかってくると、モチベーションが下がる。
こんなに苦しい思いをして、本気で走っても俺は10位前後かと。

俺が狙うのはまさにそこ。彼らの心の綻びだった。
他力本願だったが、運動部でもない俺が食い込むにはそれしかなかった。
俺は10位でいい。10位が最大、最高、最良の望みで、10位は俺にとって1位に等しかった。
しかし、今走っている10位前後の彼らはどうか。きっとそうではないだろう。
事実、彼らは先頭集団からかなり遅れ始めた。

苦しい。意識が朦朧とする。しかし、一人つかまえた。…抜き去る。
15位。

辛い。早く終わりたい。でも勝って終わらなきゃいけない。
また一人交わす。
14位。

顎が上がってくる。フォームに綻びが見え始める。くそ。しっかりしろ。ここで負けてどうする。
更に一人を追い越す。俺に抜かされたその彼は、走るのをやめた。
……よし、この辺のランナー達は厭戦気分に蝕まれ始めている。
13位。

あと1.5kmか。ここが苦しい所だ。耐えろ。堪えろ。我慢しろ。

俺の目の前に二人の背中が見える。あと三人。こいつらを抜かせばあと一人だ。
ペースはもう、上げられなかったが、落とす事だけはしないように努めた。
じりじりとその二人に迫る。焦るな。彼らのフォームはバラバラだ。自滅を待て。
…並ぶ。しかし、彼らにペースを上げる余力はなかった。俺以上に疲弊している。…並び、抜いた。
11位。

…あと一人! 現在7km。俺に10位を明け渡す予定の男は30メートルほど前。
もうゴールのトラックが見えている。ここで縮まらなかったら勝てない。

――――しかし、差は縮まらない。
彼も疲れていたようだが、俺も限界だった。もう走っているのがやっとだった。
この30メートルの差が永遠に埋まらない溝のように、重たく俺の心にのしかかり、気持ちを弱気が汚染していった。闘争心は潰えつつあった。

…ダメか…。考えてみれば、この辺りを走っている選手は皆運動部だった。
そういえば、俺の前を行く男はサッカー部のレギュラーだった。名前は知らないが、顔くらいは知っていた。
帰宅部の俺が学校から帰る頃、グラウンドで練習をしている彼の姿を何度か見たことがある。
勝てるわけないじゃないか。毎日走り回ったり、トレーニングをしているような人間に。俺なんかが。

土台、勝てるレースではなかったのだ。むしろここまでですら奇跡的な僥倖と言えるのかも知れない。
大体なんで俺はこんなに苦痛を抱え、必死に走っているのか。走らなくていけないのか。
なんでこんな思いをしなくちゃいけないんだ。そもそも勝負事は好きじゃないのに。


――――馬鹿馬鹿しい。

俺は走りながら、俯いた。その直後。

「西野君! 頑張って!下見ちゃダメだよ、顔上げて!!」
「…え…」
「ほら、走って! 入賞するんでしょ!約束でしょ!」

…か…たせ…?
走る俺の斜め前から必死に叫ぶ彼女の姿が見える。
彼女は沿道から声を掛けた。さっき俺がしたのと同じように。
「前の人だって苦しいんだよ!? 諦めちゃダメ!!」
…簡単に言うなよ…。大体俺がどれだけ辛いか、片瀬にはわかって…

――――そうか。わかってるんだ。さっきまで走ってたんだから。彼女も。
しかも彼女は俺よりもっと前を走ってたんだ。優勝を狙っていたんだから。もっと辛かったかもしれない。
あの時の俺は必死に彼女を応援した。心から。今の彼女も同じ気持ちだろうか。
「フォーム崩れてるよ? しっかりして!ここで挫けちゃダメ! あと一人だよ!?」
片瀬は叫ぶ。悲痛な表情。今の俺ほどじゃないだろうが。

片瀬が見ている。応援している。支えてくれる。
それは何よりも心強い事だった。彼女の前で、だらしない姿は見せたくない。
しかも、自分がやると豪語したのだ。その目の前で諦めるわけにはいかない。

俺は必死に自分を奮い立たせた。もう少しだけもってくれ。自分の身体に念じた。
30メートルの差は未だ縮まらない。
…なら詰めるしかない。俺は限界に挑んだ。ここでペースを上げるのは不可能に思えた。
片瀬が見ていなければ。

前を走るサッカー部の彼は俺の存在に気付いている。何度か後ろを振り返っていた。
現在10位の彼は入賞を意識しているだろう。今までとは違う、表彰の掛かった戦い。
彼は名誉を、俺はデートを賭けて走っている。
何だかわからないが、俺の方がいい物を賭けて走っているという根拠のない自信があった。

徐々に差が詰まっていく。この場合は追う方が有利だ。
逃げる者と追う者、王者と挑戦者、ライオンとシマウマ、警察と泥棒の心理。
――捕まえてやる。
彼我の距離は20メートル。彼の走りに明らかな焦燥が窺える。
(そうだ、焦るんだ)彼は何度も振り返るようになり、俺は駆け引きに出た。
本当は口から心臓が飛び出そうなほど疲弊しきっていたが、敢えて涼しい顔をして淡々と走った。
そしてそのまま距離を詰めていく。更にペースを上げた。
10メートルまで詰めた。そこで一旦ペースを落とし、その距離のまま走る。

彼は詰められるのを嫌ってペースを上げる。
…かかった。また20メートル程距離は開くが、予想通りの展開だった。
そのまま開いた距離を詰めずに平然と走る。
やがて彼の走りに変調が訪れる。ペースが乱れる。失速と加速を繰り返すようになる。
…限界だな。俺は距離を詰める。…並んだ。彼の顔に恐れの表情が浮かぶ。
俺は一瞥しただけで、気にしない振りをする。

賭けだった。普通にやっていては勝てなかった。駆け引きは裏目に出れば自分が疲労するだけだった。
彼に余力があったら成功しなっただろう。一か八の綱渡りだった。彼は限界だったようだ。

並んだ。もうそれでいい。彼に更にペースを上げる力はない。
事実、彼は失速し始めた。俺は遂に目標の順位に到達した。残りは僅かな距離とトラックを一周するだけ。
後ろを振り返る。が、後続のランナーが気になったわけじゃない。

沿道の彼女を探した。何か叫んでいる。大袈裟に飛び上がって喜んで手を振っている。
俺がサッカー部の彼を抜かした瞬間も見ていたようだ。

(子供っぽい所があるんだな…)
うれしかったけれど、少し可笑しかった。誇らしい気持ちだった。かっこいい所を見せられたかな。
再び前を見据え走る。さっきまで争っていた彼はもうかなり離されていた。まず追いつかれる事はないだろう。
俺は勝利を確信した。

―――刹那。身体が重くなる。忘れていた疲労が鉛のように圧し掛かる。
思い出したように初秋の太陽と汗に不快感を覚える。
どうした、俺の身体? あと少しなんだ、もってくれ。…頼む!
しかし、歩は進まない。ペースが落ち、フォームが乱れる。
さっきの無理がたたったのか、駆け引きの時に無理にペースを上げたのが。
これじゃ本末転倒じゃないか、ミイラ取りがミイラになるなんて…!

視界がぼやける。動悸が激しい。体中の細胞と組織が休息を求めているかのようだった。
「…う」
俺は口に手を当てた。おかしい、気分が悪い。走っている時に感じる苦しさとは種類が違っていた。
俺の走りはよろけ始めた。アスファルトのコースから逸れ、雑草の茂る芝生の方にずれていった。
やがて、走れなくなった。腹痛がする。横っ腹が痛い。俺は膝を付き、芝生の上に力なく崩れるように倒れた。
さっきまで競っていたサッカー部の彼が、俺の事を見下ろしながら走り去っていった。

「…あ…待て…」
俺は呻くように彼の後ろ姿に手を伸ばす。
が、腕は望む高さまで上がらず、力なく地面の雑草を掻くだけだった。
彼の姿が遠くなる。続いて後続のランナー達が俺の横を走り去る。
皆、一様に俺の姿を見下ろしていた。憐憫と同情の入り混じるような複雑な表情。
しかし、誰も手を差し伸べる事はない。当たり前だが。

―――絶望。奈落の底に叩き落された咎人の様に。
もう二度と這い上がる事は出来ない所まで堕ちたと知った時、人はこんな気持ちになるのだろうか。
時は、俺だけを置き去りにして無情に流れていった。
目の前が暗い。青臭い草と土の匂いがする。

「はっ、…はっ…うぅ…」呼吸が不規則になる。酸素を体中が求めているが足りない。
意識が遠のく。大地がぐにゃりと歪んでいる。

遠くから足音が聞こえる。何故かランナーの足音とは違って俺に駆け寄るような足音。
「西野君!? ど、どうしたの!? 大丈夫!?」

(ああ、片瀬か…。倒れてた所も見てたのか…。…くそ。情けない。見ないでくれ、こんな無様で惨めな姿を…。…お願いだ…!)
俺は心の中で念じた。
悔しさに歯を食いしばる。が、口に力が入らない。口の中はカラカラに渇いていた。

目を開けていられなくなってきた。暗い闇が優しく俺を手招きして誘っているようだった。
音と色と匂いの感覚が遠く、薄くなる。何も聞こえない、何も見えない。
どこかに堕ちていくようでもあり、昇っていくようでもある不思議な感じ。
目の前は黒く、頭の中は白かった。

(片瀬…応援してくれたのに…ごめん…)
最後に意識したのはそれだった。

…やがて、俺は気を失った。

---続く---
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