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気持ちは固まったが、きっかけが掴めない。そもそも俺は片瀬といつでも会える訳じゃなかった。
クラスは違うし、彼女には部活動もある。
俺とは帰る時間も違うし、学校で見つけても大概二人とも周りに友達がいる。
友達の中で俺と最も仲がいい秋田という男がいる。明るく、冗談好きで、面倒見のいい、まとめ役のような男だ。
「ああ〜もうじきマラソン大会か〜。嫌だなぁ…」
「そうだな」俺の返事は素っ気無い。
「8`だぜ?8`。俺達ゃメロスかっつーの。友達人質に取られてんのかっつーの。俺はかーちゃんの奴隷じゃないっつーの」
「なんで最後だけタケシ?」俺は彼の冗談に笑う。彼は抜群にモテるような美男子ではないが、生来の明るさと面倒見のよさで友人が多かった。男子にも女子にも。必然、女子の話題にも詳しい。
「そういやさ、お前、昨日片瀬と一緒だったんだって?」
「え?なんで?」―――瞬間、胸の奥が冷却した。悪い事したわけでもないのに。
「昨日、体操部の子が見たって。お前らが並んで歩いてるのを。今朝聞いた」
「そ、そうか…」俺は動揺を隠せない。
「でもなんで?お前ら仲良かったの?」秋田は興味を持ったようだ。俺は言葉に困った。
なんでもなければ、他愛のない世間話だと言えた。が、もう今の俺は彼女に惹かれている。
その場をごまかすほどの機転は効かなかった。
「ちょっと、こっちへ…」俺は意を決し、有無を言わさず彼を引っ張った。
「…ちょ、なんだよ。いきなり拉致監禁?まだ心の準備がアタシにだって…」
「やかましい!いいから来い!」男には強引な俺だった。
やがて屋上。授業はサボった。空は青く、日は高かった。少し強めの風が快く頬を撫でては去り、舞い戻ってきた。
俺達は柵に寄りかかり、座りながら話し始めた。
秋田には片瀬との事を黙っていて欲しかった。他の男子や友人に喧伝されたらたまったものではなかった。
話好きな男だが、大事な事には口が堅かった。
約束や頼み事を無下にする様な人物ではなかった。この辺りが、彼の人気の理由でもあった。
「言わないでくれ。頼む」俺は深々と頭を下げた。
「話が見えねぇよ。なんだか困ってて、必死なのはわかるけどさ。とりあえず落ち着いて話してみろ」
「実は…」俺は喋った。包み隠さず喋った。秋田を心底、信頼できる親友だと思っていたから。
「そう…か…」秋田は腕を組んで目を閉じ、時折唸りながら聞いている。
「だからな、彼女に告白する前に、俺の気持ちを彼女に知られてしまうと困るんだよ」
「お前も一応落ちぶれたとは言え、もののふの端くれだから、告白するなら知られるのではなく、自分で言いたいと」
「落ちぶれたもののふの端くれではないが、まぁそうだ」
「でも片瀬は難しいんじゃねー?いやいや、やる気を削ぐ訳じゃないけどさ」
「釣り合ってないのは自覚してる。それを差し置いても…」俺は言葉に詰まる。まだ人に言うのは恥ずかしい。
「惚れていると。好きだと」秋田は補完してくれた。
「…うん」小さく頷く。
「あいつは学校のアイドルみたいなもんだからな。おまけに体操部で容姿端麗、成績も上々で、性格もいいと来た。南ちゃんみたいなもんだよ」
「そう…だな」
「方や君は、まぁ、見た目はそれほど悪くない。背も高く痩せてるし。
が、特別美男子でもなく、オシャレでもなく、垢抜けない。面白いわけでもなく、人見知りだ。
成績は真ん中くらい。出来るのは国語だけ。スポーツはダメじゃないが、得意でもない。
球技はセンスがない。楽器が出来るわけでもない。蛇足だがケツに大きな痣がある」
「…蛇足はともかく良く知ってるな」彼の指摘は全て的を得ていた。人物評は得意な秋田だった。
「まぁでも、恋愛なんてどう転ぶかわからないよ。世の中の美男美女が皆釣り合った相手と付き合ってるわけじゃないし」
「…詳しいんだな」大人びた彼の発言に感心した。
「いや、昨日テレビで言ってたの」彼は照れくさそうに言った。
「片瀬か…あいつ去年転校してきたんだよな。なんか親の仕事の都合とかで。まだ1年かそこらなのにもう有名人だもんな」
「そうなんだ。全然知らなかった」
「そこなんだよ。お前は何も彼女の事を知らない。俺の方が知ってるんじゃないかってくらい。
片瀬の家、電話番号、家族構成、親の仕事、あいつの趣味、食べ物の好き嫌い、
あいつの友達、彼氏や好きな人のいるいない。どれか一つでも知ってんのか?」
「…顔と名前と部活くらいしか…」改めて彼女の事について、何も知らないことを知る。
「ぶっちゃけると、今彼氏がいるのかどうか」
「ああ〜」俺は全くその事を考えていなかった。
「もしくは、付き合ってなくても、好きな人がいるのか」
「あああ〜」それも考えてなかった。
「もしくはレズなのか」
「ああああ〜!」思いもよらなかった。俺は目の前が暗くなった。
「…最後のはボケだったんだけど。むしろ怒られると思ったんだけどな」
「へ?…あ。」
「…疲弊してますね、西野君」
「…どうもそうみたい…」片瀬の事となると、まともに頭が働かない。
「ともかく、まだ早えー。告白するのは。まず、あいつとの関わりを日常的に持たないと。
舞い上がって突っ走って転ぶ前に、必要な事を知るのが先だ。
彼氏がいるのに告白して、「ごめんなさい」なんてカッコ悪いだろ。
母さんはそんな風にお前を育てたつもりも、育てられたつもりもない」
「最後は意味わかんないけど、そうだな」
始終、冗談を交えながらも、秋田の言うことはもっともだった。
俺は先走るところだった。まずは彼女に接近しなくては。彼女の事をもっと知らなくては。
まずどうにかして彼女と会わなければならない。
それにはやはり、今ある接点を使うのが一番だとは秋田のアドバイス。俺は休み時間、どうにか片瀬をつかまえた。
「あ、西野君、おはよう」片瀬は俺に気付き微笑む。なんだか意識してしまう。
「おはよう。今日も練習?」俺は努めて冷静を装う。
「ん、今日はお休み。軽い自主トレだけするつもりなの」
「あ、そうなんだ」
「どうしたの?」
「いや、また見学させて貰おうと思ったんだ」
「ああ、そうなんだ?そんなに面白かった?」
「うん、面白かったよ」
「そっかー。興味持ってくれたんだね。体操。なんか嬉しいな。ふふっ」笑顔。ずっと見ていたい笑顔。
少し後ろめたい。体操に特別興味を持った訳じゃない。目の前の人に強く惹かれているんだ。
しかし、計画に早くも綻びが見え始めた。見学して一緒に帰り、話をする予定だったのに。
「じゃあ、今日は授業終わったらすぐ帰る?」
「そのつもり。今日は私も帰宅部。一緒だね?」少し嬉しそうに笑う。俺もつられて一緒に笑う。
「あ、そうそう私西野君に聞きたいことあったんだ」
「何?」
「うーん、今はちょっと時間ないから昼休みでいい?」
「うん、いいよ」
「じゃあ、後でね」
「うん。あとで」話とやらも気になったが、彼女と昼休みを過ごせることに小躍りしたい気持ちだった。
誰もいなくなってから俺は小さくこぶしを握り締め、ガッツポーズ。
やがて昼休み。俺は彼女と待ち合わせして合流した。校庭のベンチに二人、腰掛けた。
彼女は小ぶりな弁当箱を空ける。少し子供っぽい、可愛らしいデザインだった。
「あ、昼いつも弁当なんだ?」
「うん。大体そう」
「親が作るの?」
「うーん、自分で作る時と作ってもらう時と半々くらい」
「西野君はいつもパン?」
「うん、昼はあまり食べないんだ」
「いいなぁ、細くて」片瀬が羨ましそうに言う。
「片瀬だって細いじゃん」実際彼女はかなり華奢な方だった。ダイエットが必要な様にはとても見えない。
「そうかなぁ…」そういって彼女は自分の腕や足を見る。俺も彼女の視線につられる。
「…どこ見てるの?」彼女はちょっと照れて言った。
「あ、いや、つい。片瀬の視線につられちゃって…。ごめん」顔が赤くなる。
「…もう、真面目だと思ってたのにエッチなんだね」
「い、いや…そんな事は…たまたま…」
「たまたま見ちゃった?」顔は怒っていない。むしろ少し楽しんでいるかのようだ。
「う、うん」
「あの時も、たまたま覗いちゃった?」
「あ、それは…厳密には…覗いてないんだけど…」しどろもどろになる。
「ふふっ、冗談。面白いなぁ。真面目なんだから」この人は少し、小悪魔的な所がある様だ。
「……それより、話って?」俺は嬲られるのに耐えられず、話を切り替えた。
「ああ、そうそう」切り替えの早い彼女だった。
「…ええとね、西野君の文章が見たいの」
「? どういう事?」
「感想文とか、論文とか…日記とか…そういうのでもいいから。自分で書いた小説とかでもいいから」
「小説なんて書いたことないよ…日記はたまに書いてるけど、人に見せるものじゃないし…」
「うーん、じゃあ感想文とかは?」
「見せてもいいけど、感想文はその本を知らないといけないし、知らなかったら読まないといけないし」
「ああそうか〜」彼女はしまったというような顔をした。
「本はよく読むの?」
「ううん、あんまり」彼女は残念そうに呟く。何か、考え事をしているようだ。
「ねえ、聞いてもいい?」
「なに?」
「どうして俺の文章なんて読みたいと思ったの?俺だって別に読書家って程じゃないし、文学なんて殆ど読まないし、俺よりもっと上手い奴なんて文学部とかに一杯いるよ。
実際文学部に、同い年なのに凄い文章書く人もいるし」
「…でもね、私は西野君の文章を読んでみたいと思ったの。それじゃダメ?」
彼女は少しだけ縋る様な瞳で俺に言った。
彼女との接点を模索していた俺にとってはまたとない話。
大体好きな人にこんな瞳で頼まれて断れるわけがなかった。
しかし、どうすればいいのか。
「いや…俺だって、片瀬に褒めてもらえて嬉しかったし、望むなら見せてあげたい。本当に。
だけど小説なんて書いたこともないし、書いても短編にしてもすぐに出来上がるわけじゃないし。
どうしたらいいかな…。何か方法は…」
俺は考え込む。が、気持ちばかり焦って何も浮かばない。
「そう…。うーん、何かないかなぁ?」片瀬も考える。やがて彼女は、「そうよ!これがあった!うん、いい事思いついた!凄い!」
まるで世紀の大発見をしたかの様に、飛び上がって喜んだ。興奮している。
大きな瞳がキラキラと輝いて俺を見つめる。
「え?な、何…?」
俺は驚いて少しのけぞる。が、お構いなしに彼女は距離を縮めて言った。
「――――交換日記!!!」
「…は?」
…俺の脳は停止した。
---続く---