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「私は次第に、奥さんを自分のものにしたいという欲求にとらわれ始めました。それでエクスタシーを得るために必要なプロセスだと説得して奥さんに私の名を呼ばせて、愛していると言わせているうちに、奥さんも本当は私を愛してくれているのではないかと錯覚し始めました。しかしそれとは逆に、奥さんがご主人との行為でエクスタシーを感じるようになってからは、奥さんは私との行為の中でも、時々感極まってご主人の名前を呼ぶようになりました」
「そんなことは……ビデオには……」
「後で見るとつらくなるので編集して全部カットしています。その場面をお見せしても良いですよ」
春日は寂しそうに言いました。
「どんどん奥さんの気持ちが離れて行く――いえ、始めから私のところにはなかったかもしれないのですが――そう思った私は卒業旅行だと言って奥さんを温泉に連れ出すことにしました。少々のことでご主人に対する気持ちが揺れないかテストすると適当な理由を付け、2日間春日紀美子としてふるまえという私の言葉を奥さんは疑いもしませんでした。私にはなんとかこの2日で、奥さんに最高の快楽を経験させることによって、奥さんを自分のものに出来ないかと考えていました」
「近くの公園で露出させたのは?」
「最初にそこまで経験させることでショックを与えようとしたのです。奥さんはもちろん抵抗しましたが、なんとか説得しました。もちろん周囲に人がいないことを十分確認して撮影しましたが、あれは悪乗りだったと思います。申し訳ありません」
春日は頭を下げました。
「旅行の初日とその夜で、私はありとあらゆるテクニックを駆使して、奥さんを自分のものにしようと思いました。しかしついにそれは果たせませんでした」
「そんなことはないだろう。妻は春日紀美子として振る舞い、春日紀美子として……」
何度もイッていたぞ、という言葉を私は呑み込みました。
「あれは編集です」
「何?」
「旅館での夜、奥さんがその……イク場面を集めたもの、あれは編集なんです」
「編集なのは分かっている。実際は一晩かかったのだろうからな」
「違うんです。いや、それも編集ですが、奥さんがイク時に叫んでいる声、それが編集、いや合成なんです」
「どういうことだ」
私は春日が言っていることの意味が分かりませんでした。
「最初の1、2回は別にして、奥さんは訳が分からなくなってくるとイク時にご主人の名前を呼ばれました」
「えっ」
「私はそれが口惜しくて、後で本当の声の上に、私の妻である春日紀美子としてイク、と叫ぶ声を重ねました」
「本当か」
「ちょっと見たり聞いたりするだけでは分かりません。私はビデオの編集にかけてはプロ並ですからね。でも、専門家が見ればたちどころに合成や編集だとわかります」
「……」
「他にもビデオにはいろいろな箇所に編集が施されています。要するにあれは奥さんの本当の姿ではなく、私の願望が混じったものです」
「私は若いころからずっと色々な女性遍歴を重ねて来ました。結婚に付いてはあきらめていたつもりでした。でも、この年になってこれからもこんな生活を続けるのか、年老いて一人になったらどうするのかと思うと急に焦りと、恐怖のようなものを感じるようになりました」
「紀美子さんに出会い、理想の妻というのはまさにこんな人かと思いました。セックスについては奥手でしたが、開発して行くうちに素晴らしい肉体をもっていることも分かりました。まさに名器といって良いと思います」
「ご主人のご指摘どおりです。私は奥さんを愛していました。自分のものにしたいと思いました。でも、それが無理だと分かった以上、未練がましく追いかけるつもりはありません」
「教えて欲しいことがある」
「なんでしょう?」
「あんた、女の前では関西弁を隠すのか?」
「そんなことはありません。これが地ですし、女を口説く時はむしろ関西弁の方が便利です」
「なら、どうして妻の前では関西弁を抑えていた?」
「それは簡単です。ご主人が標準語でしゃべるからです。奥さんからの希望でした」
「あと一つ聞いても良いか」
「はい」
「妻の……その、お尻の処女を奪ったのか」
「奪っていません」
春日は即答しました。
「しかし……妻はビデオで、あんたに捧げると」
「あれは言葉だけのことです。奥さんはご主人に許していない箇所を、私に許すことはありませんでした」
独りの女を守り、多くの女を知らないまま年老いることに焦りを感じた私、多くの女を知り、独りの女を得ないまま年老いることに焦りを感じた春日。私達は似た者同士なのかも知れません。
春日と別れた私は会社に向かいました。一日休んだだけで仕事はかなり溜まっており、木曜、金曜と私は業務に忙殺されました。金曜の夜、仕事を終えた私は新幹線に乗り、妻の実家に向かいました。
---続く---