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木枯らしの季節、昭彦がそんな滋を山に誘った。遭難騒ぎの起きた丹沢縦走である。早苗が滑落した場所で昭彦が腰を下ろした。
「あの時のことを話してごらん」
「うん」
滋がゆっくり話し始めた。
転げ落ちた早苗を見付けるのはそれ程難しくなかったらしい。滋は負ぶって道まで戻るつもりだった。ところが、立たせようとすると早苗が大声を上げて泣きわめいた。
骨が折れているかも知れない。そう思った滋が早苗の踵を拳で軽く叩いた。もし骨折していればそれだけで痛がるはずである。滋はスキー場でパトロールがそうやっていたのを憶えていた。思った通り早苗は大声で痛がった。
滋が大声で助けを呼んだ。暫く耳を澄ませても返事は返って来ない。何度試しても同じだった。滋達は列の最後尾に近かった。仲間達は既に通り過ぎてしまったらしい。
陽は既に傾いていた。滋は助けを呼びに行くか、このまま早苗と一緒に留まって夜を明かすか迷った。こうしている間にもどんどん距離が離れてしまう。道までは百メートルでは到底きかない。
滋がもう一度助けを呼び、耳を澄ませた。もし誰かが心配して戻ってくれればと思ったが、辺りはシンと静まりかえったままだった。携帯も試して見たが、圏外だった。
「動くの無理だから、このままジッとして助けを待とう」
滋が早苗に言った。早苗が黙って頷いた。
「足、見せて」
早苗が一番痛がるのは足首の後だった。脛を正面から触ってもさほど痛がらない。細い方の骨が折れているようだった。滋が木の枝を折り、三本添えた。着ていたシャツを脱ぎ、細く裂いて添え木と一緒に固定した。
「痛い?」
滋が聞いた。
「ちょっと、でも大丈夫」
添え木で固定したのが上手く行ったのか、早苗は余り痛がらなかった。やがて周りが暗くなって来た。
「寒くない?」
滋がまた聞いた。
「ちょっと、でも大丈夫」
また同じ言葉が返って来た。
とうとう辺りが真っ暗になった。滋が携帯を懐中電灯代わりに早苗の隣に腰を下ろした。
「ねえ、滋くん」
「何?」
「滋くん、彼女、いる?」
「いないよ」
「いないのね」
暗闇の中で早苗が手を伸ばして、腰の辺りに触れた。滋がジッとしているとその手が前を探って来た。
「なっ、何?」
滋が慌てた。
「いいから、ジッとして」
ズボンの上から握られた滋が慌てて早苗の手を振り払った。
「痛っ」
早苗が悲鳴を上げた。
「あっ、ごめん」
慌てて滋が早苗から離れた。それきり二人とも黙ってしまった。暫くして滋が崖を登って携帯を試した。辛うじて繋がり、救助の要請をした。早苗のところに戻るとプイと後を向いてしまった。
「ふうん、そんなことがあったんだ」
昭彦が苦笑しながら滋を見た。
「それで、その後は?」
「夜が明けるまで離れてたんだ。早苗も機嫌悪かったし」
「どおりで、無愛想だった訳だ」
昭彦がおかしそうに笑った。
「だって、そんなことしてる場合じゃないでしょ」
「言えてる」
恋は芽生えたかという昭彦の問いは当たらずと言えども遠からずだったのである。しかし、その時滋は早苗に対して特別な気持ちは抱いていなかった。それが早苗のプライドを逆撫でしたのだろう。学校に戻ってからのおかしな態度はどうやらその腹いせのようだった。
「今はどうしてる?」
昭彦が聞いた。
「僕のこと避けてる。それに、友達もいなくなったみたい」
「仁美ちゃんがいなかったら、助けて上げてもいいんだがな」
「何で僕が?」
「女って言うのはそういう生き物なんだよ。気持ちを打ち明けて、それでも振られると凄く傷付くのさ。そうなると見境が無くなる」
「そう言われても、早苗はちょっとパスだなあ」
「付き合う必要はないけど、ギクシャクだけは解して上げたらどうだ?仁美ちゃんの方にも決して悪い結果にはならないと思うよ」
「やだ。また早苗が迫って来たらどうするの?」
「選ぶのは滋、お前さ」
「そんなの、決まってるよ」
「それだけハッキリさせておけばいい」
「そんなことしたら、仁美さんが離れちゃうんじゃない?」
「その恐れ、無いとは言えない。でも、怖がってちゃ駄目だ」
「何か難しそう」
---続く---