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滋が激しく落ち込み、学校を休むようになった。心配した純枝が滋の部屋に入った。
「どうしたの?滋が学校休むなんて」
「ママ」
滋が抱き付き、大声で泣き始めた。
「好きなだけ泣きなさい。落ち着いたら話を聞かせてね」
十分以上泣き続けた滋が学校での噂を説明した。
「それで、早苗ちゃんって子は何も言わないの?」
「うん」
「ちょっとどころじゃないわ。凄く腹立つ」
「僕、どうしたらいい?」
「何もしなくていいわ。滋が悪いことした訳じゃないんだから、毅然としてなさい。誰が何と言おうと、ママは滋の味方よ」
「ありがとう」
「むしろいい機会かも知れないわ。根も葉もない噂を信じる連中なんてどうせろくな奴じゃないの。これから友達や彼女として付き合う価値なんて全然無いわ。滋が毅然としてれば滋のことを信じる子が出て来るはずよ。出て来なかったら、その時はその時」
「ママ、強いんだね」
「本当はね、女の方が強いのよ。滋もママに負けないで」
「分かった。頑張ってみる」
次の日、滋は口をへの字に結んで学校に出掛けて行った。その後ろ姿を見送りながら純枝が微笑む。ここでいじめなんかに屈しちゃ駄目。いざとなったらママが受け止めて上げるからね。声には出さず、心の中でそう呟いた。
滋は早めに学校から戻って来た。
「どうだった?」
ジュースのコップを差し出しながら純枝が聞いた。
「みんな僕を避けてたけど、先生にだけは話しておいたよ。先生はあの時の捜索にもいたから分かっててくれた。変な噂のことも知ってた。ママと同じこと言ったよ。気にしないで毅然としてなさいって」
「その調子よ。このまま滋が自信持って毅然としてれば早苗ちゃんって子の方がおかしなことになるわ。多分、滋が早苗ちゃんを助けたでしょ。それをやっかんでる奴がいるのよ。いじめなんて大体その辺が原因なの」
「僕もそんな気がして来た。頑張ってみるね」
その晩、純枝が久し振りに昭彦に電話した。ここ数日の経緯を説明すると昭彦が笑い出した。
「確かにやっかみだな。そんな連中はどこにでもいるさ」
「みたいね」
「滋は今が正念場だな。これが乗り切れれば強い子になれる」
「私もそう思うわ。後押しはするけど、手は出さない積もり」
「それがいい。俺が一番よく事情を知ってるけど、身内だから何も言わない方が良さそうだな」
「私、早まっちゃったかな?」
「何が?」
「脱毛」
「さあ、まだ分からんよ。これで滋が好きになるような女の子でも出てくればしめたもんだけど」
「いると信じたいわ」
「落ち着いたら、一度来るか?」
「うん。明日は駄目?」
「それはまた、早いな」
昭彦が苦笑した。
「オーケー。都合付けておくよ」
翌日も滋は肩を怒らせて帰って来た。学校では頑張っているらしい。思わず抱きしめてやりたくなる気持ちをグッと飲み込んだ純枝が家を出た。
「ちょっと叔父さんのところに行って来る」
昭彦は滋の叔父ではないのだが、純枝には兄弟がいないので年格好からそう呼ぶことが多い。
「遅くなるの?」
「ちょっと。先に寝てていいわよ」
「うん。行ってらっしゃい」
久し振りに抱かれた昭彦の胸が温かかった。
「お袋が純枝と一緒になれって言ってるよ」
昭彦が笑いながら言った。どうやら伯母は二人の関係に気付いているらしい。
「それも悪くないと思うけど」
「今回のことで滋とも気持ちが通じたと思うし、悪い話じゃないかも知れない」
「ちょっと考えさせて。そりゃあ、一緒になるなら昭彦さんしかないことは確かだけど」
昭彦の手が襞の周りを撫でた。
「これはこれで悪くないよ。いい手触りだ」
「無駄だったかも」
「いや、無駄にはならないと思うよ」
「どういう意味?」
「その内分かるさ」
純枝は昭彦の気持ちが分からなかった。一緒になろうかと言いながら、暗に滋との関係もけしかけている。もしそう言うことが起きるとしたら、確かに昭彦の支えは不可欠である。でも、それで三人が上手く行くのだろうか。
学校では滋の様子をジッと見ている女の子がいた。滋より一年上級の二年生、吉川仁美である。同学年では一番可愛いと評判の子だが、これまで誰とも付き合ったことがない。仁美の耳にも噂は聞こえていた。それで滋に興味を持ったらしい。
秋の学園祭で滋は実行委員に選ばれた。と言うよりも、他になり手がいないので押し付けられたようなものである。滋が実行委員になったのを聞いた仁美も名乗りを上げた。最初の打ち合わせで二人が顔を合わせた。
「君が高田くんね」
打ち合わせが終わると仁美が滋に声を掛けた。
「僕がって、どういう意味ですか?」
滋が機嫌悪そうに答えた。
「君、結構有名なのよ」
「らしいですね」
「思ったよりめげてないのね」
「僕がめげる必要なんて無いからです」
仁美がジッと滋の目を見詰めた。滋も負けずに見返した。
「気に入ったわ。滋くん、彼女いる?」
「はあ?」
滋が首を傾げた。
「ううん、いてもいいわ。私も手を上げるから」
「手を上げるって?」
「君の彼女に立候補するの。勿論、滋くんが私を気に入ってくれたらの話だけど。じゃあね、考えておいて」
そう言い残してサッサと離れて行く仁美の後ろ姿を滋が狐に摘まれたように見送った。
この話はあっと言う間に学校中に知れ渡った。
「ねえ、あの吉川さんが滋に告ったんだって」
「うっそー」
「ほんとみたいよ。それもみんなの前で」
「あいつのどこがいいのかしら」
「さあ」
滋の高校では校内の携帯使用は禁止されている。それでも、まるでチェーンメールのように全校中にその話が知れ渡った。
「ねえ、ママ。僕、告られちゃった」
家に戻った滋が純枝に報告した。
「何?こくられたって」
「ああ、告白されたってこと」
「あら、おめでとう。で、どんな子?」
「二年生なんだけど、凄い美人」
「ふうん」
純枝がちょっと面白くなさそうな顔をした。
「ママといい勝負かも」
「いいわよ、気を遣わなくても」
純枝は複雑な気持ちだった。息子に彼女が出来るかも知れない。それも相手から告白されて。それはそれで一番望ましいことなのだが、ここ暫く純枝は息子に神経を集中して来た。ロリコンかも知れない滋のために永久脱毛までしたのである。
男と女、どれだけ気を遣うか、努力するか、それが相手に対する気持ちを盛り上げてしまうものである。その相手が例え息子であっても変わりはない。
---続く---