禁断と背徳の体験告白
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連載作品(官能小説)

よき妻V/卒業後[第74話(完)]|寝取り・寝取られ

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よき妻V/卒業後[第74話(完)]

読了目安 7分44秒

[作品No 74] 2024/ 7/28(Sun)
 ――――――*――――――


 黒衣の男が、暗色に変光させた照明の下で、煙草を吹かしている。
 この部屋にある原色は、男が吹かす煙草の赤い火しかない。

 女がやってきて、男の前に立った。


「私も、今夜ですべてを片付けるわ。会社も辞める。あなたにも、もう二度と会わない」
「そうかね。長い間ご苦労だったな」


 あっさりと男は答え、黒革のソファに音もなく腰を下ろした。


 女は立ち尽くしたまま、そんな男を見下ろしている。


「最後にひとつだけ教えて。あなたにとって『彼女』はどういう存在だったの? 何だかんだと言葉を弄していたけど、本当のあなたの望みは―――」
「最初から言っていたじゃないか。『彼女』は俺の好みのタイプだとね。知っているだろう?」


 生まれてから一度も、俺は嘘を言ったことが一度もないんだぜ―――


 冗談めかした普段の口調で、男は云う。


 女はしばし、そんな男を凝然と見つめた。


「それにしては―――、今夜はあっさりとひいたのね」
「分かっているからだよ。そのうち、また戻ってくるとね」


 男は―――微笑した。


「あいつがこれまでに目にしたものは、『彼女』と暮らすかぎり、いつまでもあいつの脳裏にまたたきつづける。決して失われることはない。君はあの男をよく知らないから、信じることが出来たんだよ。俺はあいつを知り抜いている。男というものの欲望のつよさを知り抜いている」


 くすくす、と男はわらいごえをあげた。


「いつか、またあいつは“つづき”が見たくなる。それはそんなに遠い日じゃない。そして、『彼女』もきっとそのことを分かっているのさ。賭けてもいいよ」


 確信に満ちた言葉に、女は数歩後ずさった。
 そして、云った。


「私はもう二度と戻らないわ」
「君ならそうだろう」


 男はうなずいた。


「『彼』も―――もう二度と戻らない。『彼』は『彼女』を愛している。私はそれを知っているし、信じているの」
「愛情にもいろいろな種類がある。奴のそれはサディスティックなものを伴っているのさ。いや、マゾヒスティックというべきかな。男がどんな生き物か、君なら身をもって知っているだろうに。だが、もう今夜は議論はやめよう」
「そうね。―――さようなら」


 女は振り返って、ドアのほうに歩みを進めたが、また立ち止まった。


「私は―――信じているわ」
「信じるのは君の自由だよ。―――おやすみ」


 最後の言葉には答えず、女は部屋を出て行った。


 ――――――*――――――


 ようやく、明子が赤嶺の部屋から出てきた。
 ひどく顔色が蒼褪めていたが、私たちを見て、にっこりと微笑った。
 妻はYシャツに、これは赤嶺の部屋から失敬してきたシーツをまとっただけの姿だ。

「携帯でタクシーを呼んで、まず私が自宅に帰るわ。そこから車をまわして、瑞希さんを連れて帰る。あなたは別のタクシーで帰って、今夜は自分のマンションで休んで。明日、私が瑞希さんをあなたのマンションまで送っていくわ」

 もう一刻も妻と離れたくない気分だったが、明子の目顔でその意図を察した。

「分かった。妻を頼む」
「ありがとう―――明子さん」

 うつむいていた妻が、深々と明子に頭を下げた。
 まだ胸元に吊り下がったままの髑髏が、きらり、と鈍く光った。

「本当にごめんなさい。迷惑をおかけして・・・・明子さんにも・・・、あなたにも。こんな・・・・・私のために」

 かすれた声で言う妻の身体を、私は抱きしめた。
 艶やかな髪の毛が私の頬をくすぐる。

「遼一君にもお詫びしなければ・・・・・ひどい目に遭わせてしまったあの子に」

 苦しそうな息遣いとともに、耳元で妻の声がした。

「俺も一緒に謝るよ。とりあえず、今夜は心配しないで。ゆっくり休んで、そして明日になったら、絶対に俺たちの家へ戻ってきてくれ」

 私は言い、またきつく妻を抱いた。

 そんな私たちを見つめながら、明子が携帯電話を取り上げた。




 夜が明け、朝になり、昼になり、そしてまた夜になった。

 私はずっと部屋のマンションで待ちつづけていた。

 妻を。

 この部屋はもう、彼女には入りたくない場所かもしれない。だが、ここは私と妻の五年間の生活がすべて詰まった場所だった。
 私はそこで待っていた。妻の帰りを。
 不安と、高鳴るような胸のときめきを同時に感じながら。


 やがて、チャイムが鳴った。
 弾かれたように玄関へ駆け寄って、ドアを開ける。
 そこに、彼女はいた。明子のものらしい衣装は、少し若めだったが、よく似合っていた。
 私は彼女を抱きしめ、部屋の中へ導きいれた。


 しばし、無言のまま、私たちは向かい合ったソファに座り込んだ。
 以前はこういうとき、すぐに煙草を取り上げたものだったが、私はもう二度と吸う気はなかった。妻は身ごもっているし、何より、私は変わらなければならなかった。
 それに―――、こうして黙って、彼女の顔を見つめていられることが、今の私にはこれ以上なく幸せなことだったのだ。


「コーヒーでもいれようか」
「あ・・・私が」

 立ち上がった私に、妻も慌てたように腰を浮かせた。

「いいんだ、俺がやる」
「でも・・・・・」

 困ったような表情は、以前とまるで変わらなかった。
 自然とわきあがってくる笑みを噛み殺しながら、私はキッチンへ行きかけ、その途中で思いついて、CDのコンポに向かった。
 ラックに並んだなかから、一枚を抜き取って、コンポにかけた。

 やがて、流れでる、メロディー。
 ポール・サイモンとアート・ガーファンクルの、息のあったハーモニー。


「この曲は・・・・・・・」


 立ち尽くしたまま、妻が呟く。


「そう。“サウンド・オブ・サイレンス”だよ。俺たちが初めてふたりで一緒に見た、あの映画のテーマ曲」


 私は言って、妻に笑顔を向け―――



 そのまま、凍りついた。



 妻が泣いていたからだ。



「どうして・・・・・・」


 愕然とした私のほうを見ず、妻は両手で顔を押さえて忍び泣いている。

 その、手指の間から、吐息のような呟きが漏れた。





「『卒業』―――――」





 私には―――

 分からなかった。


 本当に分からなかったのだ。


 どうして妻が泣いているのか。
 どうしてそんなに哀しい顔をするのか。
 
 どうしても―――分からなかった。
 だから―――分からなかったから、近寄って、何も言わずに彼女を抱きしめた。


「大丈夫。大丈夫だから」


 私は囁き、両腕に力をこめる。


 しめやかに流れつづける、沈黙の音。
 妻の嗚咽。


 そして―――

 遠くから新たな一台のバスが近づいてくる幻影を、妻の鼓動を胸で感じながら、私は瞼の裏に見ていた。

---完---
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