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退屈な毎日の裏側にたしかに存在しているはずの非日常の世界、そのくすんだ色合いに、私はずっと惹きつけられていたのだ。
赤嶺という男は、だから私にとって非日常の使者だった。他のさまざまな交友関係が絶えていっても、あいつとだけは付き合いがつづいたのは、あいつが引き連れている世界の危うさと妖しさに、抗いがたい魅力があったからだ―――と思う。
一方で、私にとって妻は・・・・・・とても一言では言えない。彼女は私の日常の保証者、私の唯一の財産。初めて出会ったときから、彼女は静かに、けれど深く、私の心に食い入った。
初めて出会ったときから―――いや、そうではない。始まりはあのとき、見合いの話を持ってきた親戚から、あの一枚の写真を見せられた瞬間からだった。
それは板敷きの廊下に立つ、着物を着た女の写真である。両手を前で重ね、すっと背筋を伸ばし、正面からカメラを見つめている生真面目なまなざし。女は笑みを浮かべてはいない。きつく結んだ口元は、女の切れ長の目の印象とあいまって、怒っているように見えるが、事実はそうではない。
左側の窓から差し込む弱い光が、女の顔に微妙な陰影をつけている。
写真に写っている女が、後に私の妻となる女だった。私と出会う以前の、今よりも若い妻。私が言うのもおかしいが、写真の女はとても綺麗だった。だが、それだけではない。端正な女の相貌に浮かぶどこか不安気な表情、張りつめた佇まいが妙に心に残った。このとき彼女はいったい何を考えていたのだろう―――そう思わせる何かが写真にはあって、当時の私はそれがとても知りたくなった。実際に彼女と会って、話して、もっともっと彼女のことをよく知りたいと私は思ったのだ。
今でも私はその写真を大事に持っている。時折、取り出しては眺める。あれはいったい誰が撮った写真だったのだろうか。奇妙なことに、傍らに妻がいないとき、私が脳裏に描く彼女は、今でもこの写真の姿をしている。
赤嶺と妻は、私にとって対極にある存在だった。一方は薄暗い非日常を、もう一方は日常に在ることの意味を、誰よりも感じさせてくれる存在。
一昨年の夏、私はふたりをひきあわせた。そのときから、私の世界はぐらぐらと揺れ始めた―――。
――――――*――――――
ふたりがかりで、妻は責められていた。
まどろっこしい筆を捨てた金倉の口が直接、妻の拡げられた場所へ吸い付き、舌で触れている。
引き伸ばされた花弁に、剥き絞られた肉芽に、ぽっかり開いた秘口の戸口に、金倉の舌が伸び、ちろちろと舐めまわす。
若い男は喘ぎ、うねる上半身にとりついて、白い胸の屹立を口に含みながら、汗でぬら光る肌身のあちこちを不器用な手つきで撫でまわしていた。
『え――――あ、、、、、っ』
仰向けに横たえられ、肘と膝で交差させられた手足を、縛り上げられた狸のように宙に浮かせたままの妻の、淡くけぶるような裸身がくねる。
紅潮しきり、額に蒼い静脈を浮かせた妻の顔が激しく左右に振りたてられる。
その口に、若者が口を寄せた。
もはや抗う気力をすべて喪失させられたような情態の妻は、半開きの唇に差し込まれる舌を、目を白黒させながら受け入れた。
舌が、絡められた。
『うれしそうやなぁ、奥さん。手練れの中年男と、若い男のふたりに一緒に可愛がってもらえる機会なんて、普通の女はそうそう経験できへんで。AV女優になってよかったなぁ』
若いホテルボーイとキスをしている妻の横貌を、真横から撮りながら、佐々木が笑い声で言った。
ふと、妻の頸がかくかくと前後に振れ、若者の口から離れた。
視線が―――飛んでいた。
『お、この奥さん、もうそろそろ我慢の限界みたいやで。今にもイキそうや』
佐々木の言葉に、金倉がいっそう気を入れて、妻の秘部を責めだしたのが分かった。
狂おしげな吟声が高くなる。
『切れます。切れちゃう・・・・あ、あ、切れる・・・・』
くなくなと頸を揺らしながら、うつつない声で妻が叫んだ。
『そうやない。“気持ちいい”やろう? “****舐められてイキそうです”や。言うてみいや』
佐々木の声にもうわずかな反応も見せず、妻は『切れる、切れる』とうわごとを言いつづけ、頸を振りつづけていたが、やがて盛り上がった胸がさらに隆起し、白い喉首がぴんと反った。
『あ、あ、許して。死にます。落ちる・・・・』
眦が吊り上り、相の変わった顔が最後にそう口走り―――
しなやかな肢体が弓のように、ぴんと張りつめた。
その緊張がテグスを伝わって、今まさに崩壊した部分にいっそうの痛苦を与えた。
『あ――――――はっ』
一声高く、妻は啼いた。
『あーあ、奥さん、漏らしてしまったわ』
女園から顔を離した金倉が呟く声。
それとほとんど同時だった。
『もう―――我慢できない』
若者が制服のズボンと下着を下げ降ろした。
かたく隆起したものが、ぐうっと膨らみ、したたかに白濁をしぶいた。
放たれたそれが、妻の顔に振りかかる。
白濁が高い鼻梁を濡らし、形の良い顎の辺りにまでしたたっていくその様を、ビデオカメラがとらえた。
映像は何も処理されていないのに、私にはそれがスローモーションのように見えていた。
ゆっくりしたコマ送りで、汚されていく妻が。
私の目に、鮮明に、映って。
映って、いた。
・・・金倉に抱えられるようにして、妻が浴室から出てきた。
幾分、血の気が戻っているが、足腰はまったく立たないようで、支えられながらようやく妻は、床に座り込んだ。
艶々と光る洗い髪をうなじにまとわりつかせたまま、がっくりと崩れ落ちた妻の、手足の拘束と足枷は外されていたが、首輪とそれに繋がったクリトリスのリングだけは、まだ彼女の一部を締めつけている。
『よぉ洗ってもらったか、奥さん?』
うつむいた妻の、頸だけが小さく縦に動いた。
『さっきはいい絵が撮れたわ。あの坊やも、こんな美人の奥さんが小便漏らしながらイクとこを見ちゃ、そりゃあもたんかったやろな。すっきりしたら、慌ててパンツ履いて、職場復帰しよったわ』
くすくすと笑いながら、素裸でへたり込み、本当の女奴隷のような裸身をさらしている妻の総身をカメラが舐めていく。
『よくもまぁ、カメラ向けられた状態で、あんなに派手なイキっぷりを見せてくれたな。さすが赤嶺さんの見込んだ女や、たいした淫乱やで。自分でもそう思うやろう?』
赤嶺の名が出て、今さら私の胃の腑に鈍痛がはしった。
『返事せな、奥さん。あんたはついさっき、画面の向こうの大勢の男たちに恥知らずなよがりっぷりをさらしたんやで。ちゃんと“見ていただいてありがとうございました”ってお礼を言わんと』
『・・・・はい』
『そら、カメラ見て。ご挨拶や』
金倉の手が、妻の顎を掴み、色褪せた顔を上向かせる。
気弱に潤んだ瞳が、カメラを見た。
『わたしは淫乱です・・・・それを思い知りました。恥ずかしくいく姿を大勢の方に見ていただいて・・・・とてもうれしいです』
ありがとうございました―――
そう言って、妻は深々と頭を下げた。
『そうやな、奥さん、見られて悦ぶマゾ女やったな。それはさぞ感激な体験やったやろう』
『はい』
『ほんなら、奥さんの****どうなったか見せてもらおうか。自分の指で拡げて見せてみいよ』
ふっと妻の視線が落ち、自らの手で剃毛され、深い縦筋をさらすその部分を向いた。
白く小さな手が、ふるえながらその器官にあてがわれる。
『もっと威勢よく拡げてみなよ。そうそう―――』
叱咤しながら、カメラがその部分をクローズアップしていく。
映し出されたそこは、無惨な様相を示していた。リングに絞られたクリトリスは腫れあがり、普段の桜色から深紅をとおりこして赤黒くなっている。長い間、クリップに挟まれ吊り出されていた部分の秘唇も同様に変色していた。
男の手が画面に映り、繊細な指がくつろげているそこをくいっと摘まんだ。
『このピラピラも少し伸びてしまったかもなぁ。奥さん、パイパンだから、はみだしたら目立ってしまうねえ』
『あと何ヶ月かすれば、ここから赤ん坊が出てくるなんてとても信じられん眺めやな―――』
カメラが上向いて、うつむいた妻の顔を下から覗き込む。
乱れた黒髪を、金倉の手がはらって、顔をよく見せるようにした。
『奥さんが頑張ったから、約束どおり、子供は産ませてもらえるよ。うれしいやろ、奥さん?』
『はい』
『でも最初に言ったとおり、産まれた子供は養子に出すんやで。そのほうがあんたにとっても、子供にとっても幸せや』
潤んだ瞳が揺れた。
『返事はどうしたんや、奥さん』
『はい・・・・』
『奥さんはこの身体で稼いだ金を、養子に出した夫婦に渡す。それが牝犬お母さんに出来る精一杯のことやで。でも、子供手放したら、奥さんそのうち逃げてしまうかもなぁ。どっか他に男つくって、そいつと手に手をとって消えてしまうんやないか?』
『そんなこと・・・・』
『ほぉ、逃げないんか? 一生、うちのAV女優として、男の玩具になってやっていく覚悟があるんか?』
『わたしは・・・・逃げません』
ぽつりと呟くように、妻はこたえた。
『そうやな。奥さん、今まで散々好き勝手やってきて、充分人生を楽しんだもんな。これからは懺悔の日々や。あんたがこれまで生きてきて、迷惑かけたひとたちの分まで、社会奉仕せなな』
『AVが社会奉仕か』
金倉がわらう。
『奉仕にはちがいあらへん。―――だけどな、奥さん。言葉だけでは信用出来へんのよ。口先だけでは何とでも言えるからな。身をもって奥さんの真心を示してもらわんと』
カメラがふっと上後方にずれて、座り込んだ妻の総身を映した。
妻は顔を上げて、カメラを見た。
『ただでさえ、淫乱多情な奥さんや。ほっといても男たちが群がってくるし、そのなかのひとりに真剣に“逃げよう”って誘われたら、奥さんもほだされてその気になってしまうかもしれへん。そんなことのないよう、あんたの身体に手を入れさせてもらってええかな』
身体に―――手を入れる?
意味が分からない。
私と同様だったらしい妻が、戸惑った顔でぼんやりとカメラを見つめた。
『まともな男には金輪際相手にされへんよう、奥さんのその美しい身体にメスを入れさせてもらうってことだよ。まずは―――そうね、さっき剃ってもらったオケケやけど、もう二度と新しいのんが生えてこんよう、完全に処理して永久脱毛させてもらおか。それから―――』
佐々木の手が伸びて、クリトリスに繋がった糸を掴んだ。『うっ』と声をあげて、妻の顔がゆがむ。
『この感度のいいお豆の皮も切除したらどうかな。どうせ剥き出しなら、とことんまで剥き出しのほうがええやろ。そこの皮がなくなったら、いつでも男を欲しがって発情しつづける躯になるんやて。そうなったら、もうAV女優かソープくらいしかやることないわな』
あはは―――と佐々木の笑い声がする。
あまりにも、
あまりにも悪辣な、言葉。
妻の人権を完全に無視した言葉。
今度こそ、私は吐きそうになった。
『さっき吊り上げてよく伸ばしてあげたピラピラにもピアスを付けさせてもらおうか。いや、もっと大きめのリングのほうがええな。両側に穴あけて、リングでひとつに閉じるんや。面白いやろ』
気死したように、なかば感情を失っていた妻の顔色が青褪めている。
折れそうなほど細い肢体が、ふるえていた。
『奥さんくらいの美形で、そんな奇形の****をしているAV女優なんか、ひとりもおらへん。売れっ子になれるで、奥さん。SM専門やけどな。そうなったら会社も儲かるし、あんたを真面目に愛そうとする男なんてもう二度と現れへんから、逃げる心配もなくなる。一挙両得やね。どうや、奥さん』
『それは――――』
褪せた唇がかすかに動き、絶句した。
『何もかも捨てたんやろ? 男の玩具になって一生送るんやろ? ならそれでもええやないか。顔をいじれって言ってるわけやない、あそこだけや。まあ、一生、銭湯には行けへんくなるやろうけどな―――。どのみち、今のあんたには誰もおらへん。もとの旦那には愛想を尽かされて、子供も手放さなきゃならん。もう、あんたに戻るとこはないんよ』
あっさりと言い放った佐々木の言葉に打たれたよう、妻はびくりと身体をふるわせた。
誰もいない―――
低く、つぶやく声がした。
妻の目から涙がつっと零れた。
あふれた。
『こら、泣いたらあかんよ、奥さん。あんたを苛めてるわけやないねんで。あんたに自分の今の立場を理解してもらおうと思って言ってるこっちゃ』
『はい・・・』
『決心ついたんか? どうや?』
佐々木の手がひたひたと妻の頬を叩く。
その手を受けながら、妻は『どうにでも・・・してください』とかすれた声で言った。
『投げやりな口調やな、もっとうれしそうに“よろこんで手術をお受けします”って言わな』
嗚咽をつづけるばかりの妻は、佐々木の言葉にただ頸を振るだけだった。
そんな身も心も弱りきった妻を、裸の金倉が背後からやんわりと抱きしめた。
『奥さん、もうそんな泣かんと。可愛いお顔が台無しじゃないか。大丈夫だよ、淋しいときには呼んでくれたら、いつでも相手をしてあげるからね』
猫撫で声で言いつつ、折れそうなほど頼りない細身を抱きしめた金倉が、妻に口づける。
妻は抗わなかった。そればかりか、瞳を瞑り、差し込まれる唇を受けながら、両腕を伸ばして、金倉の頸を抱いた。
『お』
そんな妻の反応に一瞬驚いたような顔になり、それから金倉はいっそうきつく妻の口を吸った。吸いながら、首輪とクリトリスを繋ぐ糸をぴんぴん弾いて、妻を鼻で啼かせた。
『そやそや、そんなふうに素直にしてれば、たっぷり可愛がってもらえるで。厭なことかてすぐに忘れられる』
泣き濡れた瞳だけが動いて、カメラを見た。
『忘れさせて・・・・何もかも』
そう、言った。
『そうそう。そんなふうにして、他のことみーんな忘れて、ち*ぽのことだけだけ考える牝になればいいんだよ。そのほうがあんたも幸せだ』
『メスになる・・・・犬にでもなります・・・・・だからもう何も考えさせないで・・・・言うとおりにします・・・・・何でも言うとおりにしますから・・・・ぜんぶ、ぜんぶ忘れさせて!』
最後のほうはほとんど悲鳴だった。
叫んで、妻はそのまま顔を金倉の股間に埋めて、屹立したグロテスクなものをぱくりと口に含んだ。
頬をへこませ、
喉をうぐうぐ言わせながら、
忘我の表情で、目の前のものに吸い付く妻。
母親の乳首に吸い付く幼児のように、この世にはそれ以外すがりつくものなど存在しないように。
『ようやく堕ちきってくれたようだね。素敵だよ、奥さん。あんたはそのほうがずっと魅力的だ』
金倉が床に身体を倒していく。仰向けにまたがった妻の尻を、自らの顔のほうに向けさせて、シックスティナインの姿勢をとらせた。
『腰を落として。“****舐めてください”って言うんだよ』
命じられ、妻は口に金倉のものを含みながら、しっとりと股間を落としていく。一瞬、口中から怒張を吐き出し、『****を舐めてください』と、たしかに言った。
『可愛いよ、奥さん。可愛い牝犬だ』
ほくそ笑みながら、妻の股間に口を吸い付ける。
ぎゅうっと眉根を寄せながら、それでも口の奉仕は怠らず、一心な表情をビデオカメラの前にさらして、妻は怒張を唇に受けつづけた。
何もかも許しあった男女しかとらない体位で、妻と、それから少し前までは顔も名前も知らなかった醜い中年男が絡み合っている。
互いを、貪っているような、その姿態。
獣の交わりだった。
妻がその獣の一匹だった。
ぼろぼろに傷つき、血を流し、何もかも失った獣は、理性の枷から解き放たれ、ただただ肢体を愛玩され、愛玩していた。
脳髄の芯が白く霞んでいる。
霞んでいるのは私だ。
血が流れている。
流しているのは私の心だ。
嗚呼―――
私は呻いた。
画面の中で、妻も呻いていた。
『いい・・・・・気持ちいい・・・・』
ぐらぐらと頭が揺れて、白い喉が怒張から離れ、うつつなく声を出す。
眦から涙がぽろぽろ零れている。
『いたくない・・・・やさしい・・・・やさしくして・・・・・もっと』
『こうされるの好きなんだね、奥さんは』
『すき・・・・・やさしいのすき・・・・きもちいい・・・して・・・・こわして・・・・何もかもこわして・・・・わたしをこわして』
すすり泣くような声で妻が啼く。
ぶるぶるっと、雪白の臀部がふるえた。
『いく・・・・・・・』
そう、告げて―――
今まで見たなかで、一番静かに、一番哀しく、けれど一番くるおしい姿で、妻は、無明の空へ飛び立っていった。
---続く---