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「麻里からその話を聞いたのか?」
「いえ。詳しくは」
江美子は首を振る。隆一は盃を座卓において、江美子に真っすぐ向き直る。
「今日あいつらに会わなければ忘れるつもりでいた。しかし、こうなったら江美子も気になるだろうし、やはり一度はちゃんと説明しておかなければならない」
隆一は意を決したように話し始める。
「俺と有川、そして麻里は大学で同じサークル、歳も同じだった。俺も有川も、麻里も合唱団のパートリーダーだったから、サークルの運営に関して集まって話をすることが多かった。男と女がほぼ同数のサークルだからカップルも出来やすい。麻里を好きになったのは俺と有川はほぼ同時だっただろう。有川は麻里に対して本気だったし、奴の方が積極的だったと思うが、結果的には麻里は俺を選んだ」
「麻里に対して失恋してからも、有川はサークルの役員としての務めは果たさなければならない。俺と麻里は有川に気を使って、出来るだけ奴の前では恋人らしい雰囲気を出さないようにはしていたが、それでも奴にはなんとなく伝わってしまう。いや、そうすることがむしろ奴を傷つけたかもしれない。有川としては結構辛い日々だったんだろうと思う」
「大学を卒業して2年目の年に俺は麻里と結婚した。俺たちは有川に、共通の友人として披露宴のスピーチを頼んだ。奴との友情をずっと大切にしたいと本気で思っていたし、それこそ有川が結婚でもすれば、家族ぐるみで付き合いたいなんて考えていた。若い頃というのは平気で、無神経で残酷なことが出来るものだ。俺が有川の立場だったら耐えられなかっただろうが、奴は平然と引き受けてくれた。俺も麻里も自分たちの幸せで、周りのことが見えなくなっていた」
「結婚した翌年に理穂が生まれた。愛する妻に可愛い娘を得て、俺は幸せの絶頂だった。仕事もどんどん忙しくなり、有川とだけではなく、大学のサークル仲間とは徐々に疎遠になっていった。麻里は大学を卒業後準大手の商社で働いていたが、いったんその会社を辞めて理穂を育てながら独学で二級建築士とインテリアコーディネーターの資格をとり、理穂が3歳になったときに実務経験がないのにもかかわらず中堅どころのリフォーム会社に採用された。そこで実績を積んで4年後に大手のハウスメーカーに転職した。その会社の取引先の不動産開発会社で営業をやっていたのが有川だ」
江美子は大きな目を丸くして隆一の話を聞いている。
「偶然ですね……」
「ああ」
隆一は頷き、日本酒を一口すする。
「その頃ちょうど悪いことに、俺も麻里も仕事が忙しくてすれ違いになることが多かった。俺は正直言って、麻里には家庭に入ってもらいたかったが、毎日活き活きと仕事をしている麻里を見ているとそんなことはいえなかった」
「麻里が本格的に仕事を始めてからは理穂はもっぱら俺の母が面倒を見ていたが、すっかりお祖母ちゃん子になっていた。麻里は麻里で理穂の面倒を見てもらっているという負い目があるためか、俺の母の前では遠慮がちだった。母も悪気はないのだろうがずけずけとものをいうところがあるため、麻里にはそれがかなりストレスだったのだろう。しかし俺に対してその不満を吐き出すことが出来ない。自分の勝手で俺の母に迷惑をかけていると思っているからな」
「そこで仕事のことも含めて愚痴の聞き役になったのが学生時代の友人ということもあり、気心の知れた有川だったのだろう。麻里も酒は嫌いな方じゃないから、仕事上の付き合いや女友達とたまに飲んでくるといっても俺は特に気にしていなかったんだが、後になって酒の相手はほとんど有川だということがわかった。こうなれば有川の方には元々その気があるのだから、男と女の関係になるのは時間の問題だ」
「でも」
江美子は隆一の告白に息を呑む。
「誰もが必ずそうなるとは限らないんじゃ」
「それはもちろんそのとおりだ。その意味では麻里にも責任がある。麻里が俺を裏切ったというのはその点だ。しかし俺も麻里の悩みに真剣に向き合っていなかった」
「けれどそれは、働く母親なら誰でも持つような悩みでしょう?」
「そういった場合、多くは自分の母親を頼る。しかし麻里は小さい頃に母親を亡くしているから相談したり頼れる相手がいない。中途採用で入社した職場では弱みを見せられないからな。だからこそ自分は理穂を失いたくなかったんだろうが」
隆一は顔を上げて、江美子の方を見る。
「俺の気遣いが足らなかった。仕事をしているもの同士、また理穂の父親として、もっと麻里の悩みを聞いてやれば良かったんだ」
「私は隆一さんに色々、悩みを聞いてもらいました」
「そうだったな」
隆一は静かに笑い、盃の酒を飲み干す。
---続く---