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その事実がある限り、たとえ社会人となり立場が逆転しようとも、私は修造に断固たる態度が取れないのだった。
今では尾羽打ち枯らしたような修造だが、どこかに収入源があるらしい。時々ふらりと出かけては、
「お世話になってるんだから……生活費の足しにしてくれよ」
帰ってくるなり、五万、十万という金を亜紀美に渡す。
世間並み以上の給料をもらい、妻も働いているとはいえ、二十代で都内に一軒家を構えるべく厳しいローンを組んでしまった私たち夫婦にとって、その金は暮らしを彩る貴重な資金となっていった。
「今度の週末、三人で温泉にでも行こうじゃないか」
修造の唐突な提案。私の脳裏には再び警鐘が鳴ったものの、家を建てて以来、旅行らしい旅行もさせていなかった亜紀美に否応のあろうはずがない。
「わあ、素敵。露天のお風呂があるところがいいなあ」
少女のように喜ぶ妻の姿に、私は言葉を呑み込むしかなかった。
修造が予約していたのは元箱根の高級旅館。一定ランク以上の部屋にそれぞれ露天風呂が付いている。大人三人で泊まれば、まず十万はくだるまい。
「謙一郎も、たまには亜紀美さんに贅沢をさせてやらんとな」
沼津まで新幹線で来ると、修造はタクシーをチャーターした。寿司を食い、美術館を巡り、宿に到着するとたっぷり心づけを弾んだ。
「息子さんご夫婦と水入らずで旅行なんて、羨ましいですなあ」
運転手の笑顔に「嬉しいことを言ってくれるねえ」と助手席で相好を崩す修造の姿に、私は不思議な充足感を覚えていた。
(父さんや母さんと、こんな旅行がしたかった)
息子の妻と会うこともなく逝った両親。叶えられなかった夢の残像を、私は修造に重ね合わせていたのかもしれない。
「せっかくですから、叔父さまもご一緒に入りましょうよ」
「……!……おまえ、何を言ってるんだ」
「あら、こんな休日をプレゼントしてくださったんですもの、お背中くらい流させていただかないと私、気がすまないわ」
亜紀美の提案を強く否定できないのは、確かに一理あると認めざるを得なかったからだ。
「いやあ、それは……いいのかい?」
好々爺を装う修造。だが、その口調には陰火のごとき好色が宿っている。
結局、私たちは三人で混浴することになった。
まず私と修造が湯舟に浸かる。肉体労働者のようにがっしりとした胸板から腹部の筋肉。その下で黒々とした逸物がゆらゆらと揺れている。かつて母を支配した肉体。
「あの頃、二人で風呂に入ったことなんかなかったよなあ、謙一郎」
「そうですね」
当たり前だ。修造は母の男であって、私の父ではなかったのだから。
「……失礼します……」
我々が洗い場へ移動したのを見計らい、亜紀美が格子戸を開いて入ってきた。もちろん、全裸ではない。バスタオルをきっちり身体に巻いてはいるが、それがかえって艶かしさを醸し出していた。
「あんまり見ないで……恥ずかしいわ」
瑞々しい豊かな乳房は両側から持ち上げられて妖しげな谷間を形づくっている。股間が見えるか見えないかという短い丈から伸びた、むっちりとした白い脚。
「……ほう……」
嘆息するように告げる修造。湯煙で判然とはしないが、眼の中の賎しい光が強まった気がした。
「さあ、叔父さま。あちらを向いてくださいな」
背を向けた叔父の後ろで膝をつき、亜紀美は奉仕を始めた。細い指で立てた泡を手のひらで塗りたくっていく。
「まあ……叔父さま……ずいぶん……」
「うん? 何だい、亜紀美さん」
「いえ……その……逞しいんですね」
妻が男の裸に触れ、その肉体を賞賛している。圧倒されている。私の胸に強烈な嫉妬が湧き起こった。
「亜紀美さんのような若い美人に背中を流してもらえるなんて……」
「……長生きはするもんだ、ですか? それは言わない約束でしょう」
アップにまとめた髪がほつれ、うなじに濡れ髪となってへばりつく。かすかに紅潮し、ほんのり汗ばんだ卵形の顔。夫の私から見ても扇情的だった。
そのとき背中の向こうで、修造はどんな表情をしていたのだろうか。
---続く---