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「よお、謙一郎。元気そうだな。すっかり一人前になりやがって」
仕事上のプロジェクトが一段落し、久しぶりに自宅でくつろいでいた初夏の夕刻。チャイムに応じて扉を開いたまま、私は立ち尽くした。
「なんだ、忘れちまったのか。ガキの頃はあんなに可愛がってやったのにな。俺だ、修造だよ」
十二年間にも及ぶ空白の間に、もともと薄かった髪はすっかり禿げ上がっていた。だが、卑屈に歪んだ貧相な顔、その下に連なる異常に逞しい身体つき。変わっていない。
「……叔父さん……なんで?……」
ありえない。なぜ、この男がここにいるのだ。私の思考は激しく混乱した。
修造は父の弟だった。東京の一流大学を卒業し、一流商社勤務を経て三十代前半で「スギヤマ・インターナショナル」を創業した父・杉山謙介。故郷・新潟では神童時代の伝説と共に誰もが認める立志伝中の傑物である。
かたや三つ年下の修造は少年時代から札付きのワルだった。傷害、恐喝、窃盗、強姦の常習犯。杉山一族の加護がなければとっくに極道と化していた異端の存在。
「ここだけの話だが、修造さんだけタネが違うんじゃないかねえ。さもなきゃあ、神様のいたずらさ」
近在の者はそう噂し合ったものである。
その後に私たち一家を襲った悲劇の数々。思い出したくもない。過去と訣別した私は砂を噛む思いで独り、どん底から這い上がってきた。
故郷からの支援が絶えてからというもの、奨学金で大学を出、父ほどではないが名の通ったスポーツ用品メーカーに就職すると人一倍働いた。入社三年で販促部の主任という異例の昇進をし、二十六歳を迎えた二年前に結婚したばかりだ。
(もう呪われた昔とは縁を切った。俺の人生はこれからだ)
心機一転、新しいスタートを切ったはずだった。そこに突然現われた過去の亡霊。
「よう、とにかく中へ入れてくれねえか。積もる話はそれからだ」
現実に引き戻された。修造は私の逡巡をいいことに、開いたドアに身体をねじ込むように入ってこようとしている。
「……お、叔父さん。まずいんだ、今」
「散らかってんのか。気にすんなよ。親子にも等しい俺たちの間柄だろうが」
玄関先での小競り合いが続いた。
「いや、そうじゃなくて……。とにかく話なら外でしましょう」
殺しても飽き足らない男なのに、つい下手に出てしまう。それがかつて私の背負ったトラウマだった。
「ほう、何かご馳走してくれるってか。……なら、それもいいな」
徹底して意地汚い男なのだ。そんな虫唾が走る相手と食事をすることへの嫌悪より、
(一刻も早く修造をこの家から遠ざけなければ……)
そんな強迫観念が私を急き立てていた。
「あら、お客さま?」
門の外で声がした。
「ねえ、あなた?」
遅かった。妻の亜紀美が帰ってきてしまったのだ。
「あ……」
淡いクリーム色のスーツ。肩の辺りで揃えたストレートヘア。薄化粧の妻に、修造が呆けたような表情になる。一瞬の後、
「これは奥様ですか。おきれいな方ですなあ。はじめまして。私、謙一郎の叔父の杉山修造と申します」
そつのない挨拶。調子のいいところも昔のままだ。
「まあ、主人にそのような叔父さまがいらしたなんて、ちっとも知りませんでした」
「いやあ、ちょっと事情がありましてね。十年ほど日本を留守にしておったんですよ」
「そうですか。まあ、こんなところで立ち話もなんですから、どうぞおあがりになって」
「すみませんなあ。歳をとると立っているだけでも疲れてしまって……。では、お言葉に甘えて、ちょっとだけ」
こうして私たちは、災いの権化のような男を招き入れてしまった。思わぬ成り行きに動転していた私は、亜紀美を見る修造の目に宿る光が暗示する、呪われた運命を予知することができなかった。
---続く---