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高校生の達夫にはパソコンの中身確認など訳無いことである。スイッチを入れてすぐにパスワード要求が出たが、思い付く数字を幾つか試しただけで呆気無くログインできた。
達夫はまずメールから処理することにした。未読メールの殆どがいかがわしいDMや得体の知れないものだった。長く使っているアカウント程この手のメールが勝手に送り付けられて来る。父親の死後数週間ほったらかしになっていたので、受信箱はこの手のメールで満杯だった。達夫はそう言ったメールを一括でゴミ箱に捨てた。
残ったメールの殆どが仕事関係である。これらは個別のフォルダに自動仕分けされている。一通り目を通し、全ての相手に同じ文面で父の死を伝える返信を送った。最後に「KK」と言う訳の分からないフォルダが残った。ここにも新しいメールが十通以上届いていた。
達夫が一番新しいメールを開くと父親の安否を気遣う内容が書かれていた。文面から察するところ、父親とはかなり親しい間柄らしい。差出人は女である。未読メールを新しいものから順番に開いて行くと、そこには驚くべきことが書かれていた。
「愛する浩良へ、
昨日は楽しかったわ。本当に久し振りに逢えて良かった。戻ったら腰がちょっぴりしんどかったわ(笑)
浩良は相変わらずタフねえ。貴男の歳で抜か六なんて、そうざらにはいないわよ。お陰でお○○こがはばったいわ(苦笑)これで、また当分逢えなくても大丈夫(嘘々)
次の出張はいつ? どこ? 外国出張なんかがあればいいのにね。勿論、付いて行くわよ。
じゃ、また来週。いつものところで。 圭子」
読み終わった達夫が苦笑した。来月には高校二年になる達夫。女を知らない身には生々しい内容である。一度関係ができてしまうと女はこんなにもあからさまに物を言うのだろうか。相手もパソコンからの送信らしく文章が長い。その分、やけに生々しい。
それにしても、あの父親が不倫とは意外だった。そんな素振りなど毛程も見せなかったからである。そう言えば、毎週金曜日は父親の帰りが遅かった。それがデートの日だったのだろう。もう何年も続いて来た習慣なので特別気にも留めなかったのである。
今日は金曜だから、もし、あの事故が無ければ父親は今頃このメールの女とホテルにしけ込んでいたに違い無い。過去のメールは百通以上ありそうなので、その全てを一度に読むのはしんどい。達夫が一番古いメールを開いた。五年以上前の日付である。その文面も既に不倫がかなり続いていることを窺わせる内容だった。つまり、達夫の父親は随分昔からその相手と不倫していたことになる。暫く考えてから、達夫がこれまでの紋切り型とは別の文面を書き始めた。
「圭子さん、はじめまして、飯河浩良の息子、達夫です。
父が随分お世話になったようで、感謝しております(皮肉ではありません、念のため)
ところで、言いにくいことですが、父、浩良は先週の月曜日、高速道路の事故でこの世を去りました。飲酒運転の車に追突され、車が炎上してしまったのです。ニュースでも大きく報道されましたが、ご覧にならなかったみたいですね。
僕は今、父のメールを確認して、必要な方々に父の死をお報せしています。葬儀も滞り無く済み、四十九日に納骨の予定です。お寺は豪徳寺、井伊直弼の墓があるところです。納骨当日は無理だと思いますが、お時間の許す時にでも参ってやって下さい。父も喜ぶと思います。
失礼とは思いましたが、圭子さんと父のやり取りは大体読ませて頂きました。悪しからず。
ちなみに、このメールアカウントは当分僕が代行して管理します。もし何かありましたらご連絡下さい。
では、失礼致します。 達夫」
一通りメールチェックが終わったところに母親の麻美が顔を出した。達夫が慌ててメールを閉じた。父親が逝ってしまった今、母親に嫌な思いをさせる必要など無いのである。
「ねえ、お茶にしない?」
「うん。降りてく」
「そのパソコン、達夫が使うんでしょ?」
「うん」
「だったら、あんたが使ってるの、私にくれない?」
「どうするの?ママ、パソコン使えないじゃない」
「そうだけど、ちょっと勉強してみようと思ってさ」
「ああ、それならパパのノートで十分だよ。後で探してママが使えるようにして上げる」
「何でもいいわ。お願いね」
母親が出て行ったので達夫がパソコンを終了させた。まだデータの確認が残っている。チラッと見ただけでもかなりの画像と動画ファイル、それに音楽データが大量に保管されていた。確認だけでも結構時間が掛かりそうである。
父親はパソコンには惜しみ無く小遣いを使っていたらしく、このマシンには殆ど全ての機能が装備されている。中でも音楽の環境は抜群だった。父親が昔から愛用して来た山水の高級コンポ。スピーカーも三十五センチウーハーのスリーウェイで、片方だけでも持ち上がらないくらい重かった。スピーカーボックスの下には大理石の板が敷かれている。音が床に共鳴しないように配慮されたものなのだろう。そこから音が流れて来るので下手なホームシアターより余程臨場感がある。
母親が思ったほどには落ち込んでいないのが達夫には驚きでもあり、救いでもあった。これからは母親と二人暮らしになる。いつまでもメソメソされては自分も滅入ってしまう。
もっとも、父親は少なくとも五年以上不倫を続けていたのだから、夫婦と言ってもそれ程の強い結び付きはとっくの昔に無くなっていたのかも知れない。リビングに降りて行くと麻美がハーブティーとシュークリームを用意して待っていた。
「ねえ、もうすぐ春休みでしょ。落ち着いたら、どっか、旅行に行かない?」
麻美がシュークリームを頬張りながら言った。達夫の高校は今度の金曜日が終業式である。
「いいよ。少しは気晴らしもしなくちゃね。で、どこに行く?」
「そうねえ、スキーって気分じゃないから、温泉かな」
「温泉じゃすること無くて退屈しそう。山奥だとインターネットもできないし」
「じゃ、海辺の温泉にしようか?それなら大丈夫でしょ?」
「うん、ならいいかも。美味しい魚も食べられるしね。どこか探しておいて」
「そうするわ。三泊くらいしてもいいでしょ?」
「いいよ。ついでにパソコン教えて上げようか?」
「あっ、それがいい。だったら昼間も退屈しないわね」
達夫は麻美が一生懸命に明るく振る舞っているのを見て目頭が熱くなった。母親と言ってもまだ四十前。父親が生きている間は何となく頼り無いと思っていた。
「じゃあ、もう少しパソコンの整理しちゃうね」
「もう行っちゃうの?」
麻美が寂しそうな顔をした。
「オッケー、お茶、もう一杯付き合うよ。どうせなら、温泉の本とか無いの?二人で選べばいいじゃない」
「うん、探して来る」
途端に麻美の顔が明るくなった。父親の本は麻美が片付けたので、その中から探すつもりなのだろう。
「今晩、一緒に寝て上げようか?」
達夫がからかい半分に言った。リビングから出掛かっていた麻美が振り返って赤んべえをした。
「だーめ。そんなことしたら襲っちゃうぞ」
「あっ、言えてる」
「こらっ」
麻美が吹き出した。つられて達夫も笑い出す。
「ったく、飛んでもない息子だわ」
「どっちが?」
「兎に角、温泉のガイドブック探して来るわね。お茶飲みながら待ってて」
達夫は友人や知り合いからお前の母親は美人だと言われる。当の本人は毎日見慣れた顔なので特別感じたことは無かった。ただ、自分の母親が普通だと言う感覚はしっかり身に付いているようで、彼女にしたいと思う相手は学校でも飛び切りの可愛い子ばかりだった。そのせいか、まだ恋人と言える段階まで付き合いが進展した相手は一人もいない。
「ねえ、こんなのがあったわ」
麻美が持って来たのは露天風呂ばかりを集めたガイドブックである。
「ふうん、パパにもそんな趣味があったんだ。でも、一度も連れてってくれなかったね」
「そう言えばそうね。彼女でもこっそり連れて行ったのかな?」
達夫が一瞬ヒヤリとした。もしかしたら、あのメールの圭子となら有り得るかも知れない。
「ねえ、ここに折り痕が付いてるわ。パパ、行ったのかしらね」
それは十和田湖に近い青荷という温泉だった。今でもランプの宿らしい。
「かもね。でも、そこだと山ん中でしょう。まだ雪が凄いんじゃない?」
「うん。それに青森じゃ遠いしね。ここならどうかな?」
麻美が示したのは伊豆の温泉だった。海岸に面しており、露天風呂や岩風呂もあるらしい。
「いいんじゃない、そこで。伊豆ならそう遠くないし」
「明日にでも予約入れてみるわ。金曜の晩からでいい?」
「どうせ休みなんだから、平日に行こうよ。わざわざ土日の混んでる時に行かなくてもいいんじゃない。その方が料金も安いし」
「それもそうね。じゃあ、日曜の晩からにしよう」
ああだこうだと麻美に付き合った達夫はそろそろ眠くなって来た。時計を見ると既に十二時を回っていた。
「じゃあ、僕、お風呂入って寝るね」
「うん。久し振りの旅行、楽しみだわ」
達夫が風呂から上がって来ると麻美は既に寝室に行ったらしい。残っていたハーブティーを一口飲んで達夫も寝ることにした。麻美の部屋を通り過ぎるとドアが開いており、中から麻美が声を掛けて来た。
「ねえ、添い寝してくれるんじゃないの?」
「えっ、いいよ、そうしても」
「冗談よ、冗談。今度温泉に行ったらそうして貰うかも」
「はいはい。いつでもどうぞ」
達夫が苦笑しながら麻美の部屋のドアを閉め、自分の部屋に入った。布団に入ってウトウトした頃、ドアが微かにノックされた。
「えっ、ママ?」
達夫が寝惚け声で聞いた。
「うん。一緒に寝てもいい?」
「いいよ。でも、こっちはベッドが狭いよ」
「いいの。何か寂しくて」
布団に潜り込んで来た麻美の肩を達夫が抱くと、胸に顔を埋めて来た。
「ごめんね。でも、一人じゃ心細いの」
麻美が達夫の腰に手を回した。麻美の小さな身体を達夫がしっかり抱き寄せる。母親の身体はドキッとするくらい柔らかかった。変な気分にならないよう必死に気を逸らせながら、達夫が麻美の頭をそっと撫でた。
翌朝、目覚めた達夫がドキッとした。腕の中で母親がスヤスヤ寝息を立てていたからである。覗き込んだ麻美の寝顔にはあどけなさすら漂っている。改めて間近に見る母親は信じられない位可愛い顔をしていた。
「うーん」
麻美が寝惚けて達夫に抱き付いて来た。半ば覆い被さった麻美の腿が達夫の腹の上に乗っている。朝の変化が起きかけているパンツの膨らみが麻美の腿に擦られて固くなってしまった。弱ったな、と苦笑しながら達夫が麻美の肩を抱き寄せる。この調子で毎晩一緒に寝られると困った状態になりそうだった。
「お早う」
いつの間にか麻美が目を開けていた。
「あっ、ママ、目が覚めた?」
「うん。久し振りによく眠れたわ。こんなにグッスリ寝たの、久し振りよ。暫く添い寝してくれる?」
「う、うん。構わないけど」
麻美が腰を少し動かした。その拍子に達夫の前がピクンと跳ねてしまった。麻美はチラッと達夫の顔を見ただけで何も言わなかった。いつもの調子で冗談を言ってくれた方が助かるのだが、今日に限って麻美は何も言わない。何となく居心地の悪い達夫が身体をずらそうとした。麻美が追い掛けるように抱き付いて来た。
「駄目、もう少しこうしてて」
困ったような顔をして達夫がチラッと時計を見た。まだ起きるには三十分くらい間があった。
その日は今学期最後の授業だった。明日が終業式である。達夫が学校から戻ると麻美は外出していた。ホッとした達夫が父親の書斎に入り、パソコンのスイッチを入れた。麻美がいない方が何かと都合が良いのである。真っ先に達夫がメールをチェックする。「KK」のフォルダにも新しいメールが一通届いていた。
---続く---